特集 一年間に観る試合数は400。現役時代の栄光と挫折を乗り越え、新人発掘に人生をかける男たち
プロ野球スカウト という生き方

フライデー

「2年の時から平井を見ていましたが、彼は制球力に不安があった。3年の夏の愛媛県大会の準々決勝(西条高戦)では、7四球を出して敗退しているんです。しかし、しなやかなフォームから投げる150km/h近いストレートには、プロの投手でもなかなか出せないノビがありました。調子が良ければ、高校生ではかすりもしない。プロで下半身を鍛え制球力をつければ、一軍でも十分通用する球でした」

 プロ入り後、下半身を強化した平井の球速は153km/hまで伸び、4月28日の広島戦ではプロ初勝利をあげている。

もう必要とされてないんやな

吹石徳一(楽天スカウト)
ふきいし・とくいち '53年、和歌山県生まれ。日本新薬から、'75年にドラフト4位で近鉄へ入団。内野ならどこでも守れるスーパーサブ的存在として活躍。プロ通算で打率2割2分9厘、52本塁打。娘は女優の吹石一恵

 俊足堅守の内野手として'80年代の近鉄を引っ張った吹石徳一(59)は、現在、楽天のチーフスカウトという重職にある。吹石が現役を引退したのは'88年。だがこの年、優勝のかかったロッテとのダブルヘッダー最終戦で本塁打を放つなどの活躍を見せていた吹石は、翌年も現役を続行するつもりだったという。

「ところがシーズン終了後に球団代表に呼ばれ、守備走塁コーチへ就くことを要請されたんです。寂しかったですね。『もう選手として必要とされてないんやな』と。恩師である西本幸雄さん(元近鉄監督)に相談すると、『これも縁やから引き受けたらどうや。その代わり(金銭的な)イロをつけてもらえ』と言われました」

 西本の言葉で引退を決めた吹石は、球団の要請を受けコーチに就任。'04年の球団合併で近鉄が消滅すると、新球団・楽天からスカウト就任の誘いを受ける。

 近鉄時代も含めると10年以上のキャリアのあるベテランの吹石だが、毎年、寂しい思いを味わっているという。担当した選手たちが、球界を去る時だ。

スカウトの三種の神器は、走者の速さを測るためのストップウォッチ、メモ帳、投手用のスピードガン

「入団する際に、担当した新人選手には『辞める時に後悔しないように』としか言わないようにしています。選手としての経験から技術的なことを忠告したい気持ちもありますが、それはスカウトの仕事ではない。プロになった選手の相談を受けるのは、あくまでもコーチです。担当した選手が短期間で辞めるのは寂しいが、仕事の領分は守らないといけません。プロのスカウトとして辛いところです」