白洲信哉 第3回 「あの生暖かい感触が忘れられない---祖母・白洲正子がベッドのなかから取り出した徳利」

島地 勝彦 プロフィール

シマジ 想像するに、もう彼女は歳だから、徳利に酒を注いで飲むことはない。それでもその徳利は美しくて愛しい。そうなったらもう一緒に同衾するしかない、と思ったんです。肌身に抱いてその美しさを感じていたんでしょう。

 わたしのパイプだって、そんな気持ちにさせてくれたものが何本かありましたよ。だいぶ以前になくしてしまった、デンマークのミッケなんかもそうでした。枕元において寝ていました。徳利だったら人肌に温めても自然ですから、いつも抱きしめていたんでしょう。

白洲 そうなんです。ある日、親しいお客が来たのでその徳利を借りに行ったら、正子はベッドのなかから取り出したんです。驚きました。あの生暖かい感触がいまでも忘れられません。

シマジ いいお話ですね。その徳利が彼女には命の次に大事だったのでしょう。美に対する欲望が凄まじいですね。その徳利は人間よりもずいぶん酒を飲んでいたことでしょうから、彼女の体温で暖められて布団のなかにはぷーんと酒の匂いが漂っていたんじゃないでしょうか。福森さんとの対談のときに使っていたのは、その徳利ですか?

白洲 そうです。徳利の首が0.2ミリくらい傾いているところに風情があるんです。

シマジ 写真でみてもその風雅がわかります。パイプたばこは、パイプによって味が変わりますが、酒も徳利によって味に違いが出てくるんでしょうね。

白洲 そうだと思います。間違いなく味や香り、口触りがちがってきます。

瀬尾 それを感じられるようになるためには、やはり研ぎ澄まされた感性が必要なのでしょうか?

シマジ 感性は日頃から磨いていないと、そのときに発揮できない。だからいくら急に金持ちになってもセンスはお金では買えないものなんだろうね。

白洲 感性は自分の感動、発見ですから、お金はなくても向き合えるものです。