週現スペシャル 名医が明かす「忘れられない患者たち」

「私たちの〝恩師〟は病気と闘う 名も無き患者たちでした」
元国立がんセンター中央病院長、順天堂大医学部教授、肝臓移植のカリスマほか

週刊現代 プロフィール

 けれども、そこでの医療は、患者を最初から最後まで診たいという、濱中医師の目指す医療とは違っていた。

「僕には、もっとどっぷりと患者の中に入っていきたいという思いがあった。在宅医療をやるなら、365日いつ電話がきても駆けつける覚悟があるかと、自分に問いかけました。迷いない想いがあったんですよ」

 それが転機だった。35歳で勤務医を辞め、クリニックを開業した。

 在宅医療を始めるようになってから、3年間で100人以上もの患者を看取ってきた。中でも印象深いのは、身寄りのない一人暮らしの84歳の患者を看取ったケースだ。

いい人生だったな・・・・・・

「そのおばあちゃんは、大腸がんの肝転移で近所の大学病院に入院していたんです。末期でした。でも、どうしても亡くなった旦那さんが建ててくれた家で死にたいと言ってきかない。それで病院からうちのクリニックに電話がかかってきたんです」

 濱中医師は主治医の先生と話をし、患者自身にも気持ちを確認した。

「おばあちゃんは、いたずらっ子のお転婆みたいな顔をして、僕にこう言いました。『先生、帰りたいんだよ。うちに帰して。みんなにダメだと言われたけど、先生が家で診てくれるなら、一人で死んでも構わないから』と。その覚悟を聞いたら、一言目で『よし、診る』と言っちゃったんです。大学病院の先生とナースをどう説得するか、二人で会議を開きました。ニタッと笑ったおばあちゃんの顔が今でもはっきり浮かびます」

 いつ何があっても駆けつけられるように、家の合い鍵をもらい、朝晩の回診を始めた。

「朝はクリニックの診療前に行って『おはよう』と僕が起こすんです。『仕事、行ってきます』『いってらっしゃい』。そんな会話をして、夜も、21時過ぎに行くと、おばあちゃんは暗がりで起きて待っていて、『先生、今日もお疲れさん。安心した』と。いつも笑いが洩れる往診でした。ただ、状態が悪化してだんだん黄疸が出てきて、結局、僕が診てから2ヵ月弱で旅立ちました。

 ちょうどクリニックの昼休みに様子を見に行ったとき、僕を待っていたかのようなタイミングでした。身寄りのない患者さんを看取ることは、クリニックのスタッフにも最初は反対されましたけど、最後まで笑いが絶えない時間をすごせましたし、僕が訪ねたときに息を引き取られた。おばあちゃんとの約束を守れてよかったと思っています。

 その患者さんにとって、どんな最期が一番幸せなのか、正解はわかりません。ですが、誰にでも必ずやってくる死をタブー視するのではなく、明るさを添えて見送ってあげることができないか、いい人生だったなと思える形にできないか、そう思いながら、毎日患者さんと向き合っています」

 病気を治してもらうばかりが患者ではない。一人の人間として医師と向き合うことで、患者が名医を育てることもある。医師と患者が良い関係を築く---それによって、医療を正しい方向に導き、進歩させていくことができるはずである。

「週刊現代」2012年7月14日号より