週現スペシャル 名医が明かす「忘れられない患者たち」

「私たちの〝恩師〟は病気と闘う 名も無き患者たちでした」
元国立がんセンター中央病院長、順天堂大医学部教授、肝臓移植のカリスマほか

週刊現代 プロフィール

 また、こんな患者もいた。80代の重い大動脈弁狭窄症を患っている入院患者だった。物静かな女性で、ふだんは横たわっていることが多かったが、あるとき、ベッドに座って、とても明るい表情でニコニコ笑っていた。髪もきれいに整えて、すごくオシャレな格好をしていたので、藤井医師が「どうしたんですか」と声をかけると、「タクシーで帝国ホテルの美容室へ行ってきました」という答えが返ってきた。

「彼女は重症患者だったので、他の病院だったら外出は禁止と制限していたかもしれません。

 でも、それが患者さんにとって大切なことであれば、多少リスクがあっても尊重すべきだということを、私は患者さんから教えられてきたんです。

 身綺麗にすることで気持ちに張りが出て、一時的ではあっても生きる活力が湧く。この80代の女性もそうでした。その後、退院してまもなく亡くなってしまいましたが、彼女にとっては、美容室に行くことはとても大切な時間だったのだと思います」

 患者の心までケアし、最良の時間を過ごしてもらうために、医師としてどこまでリスクをとれるのか、その判断は難しい。患者の体調や病状、家族の希望など、さまざまなファクターがあるからだ。さらには、患者家族との信頼関係が築けていなければ実現できないことである。

 国領めいようクリニック院長の濱中久尚医師は、心のケアまでできる医師になりたい、という思いを貫き、35歳の若さで在宅医療を行う開業医の道を選んだ。

 すべては患者の声を聞き、患者に寄り添うことから始まるという姿勢は、研修医だった和歌山医大にいた時代から一貫していた。

医師は何様なのか

「研修医の僕たちは、何もできない、何もわからないわけです。そんな自分たちにできることは何か同期の仲間と考えたとき、やっぱり患者さんの話を聞くことだろうと語り合いました。『こいつらは所詮は研修医だ』という患者さんの見方が、『話を聞いてくれるやつらだな』と変わってくれればいいなという思いもあった。それで始めたのが、患者さんの話をひたすら聞くこと。患者さんのベッドの側に椅子を置き、腰掛けて時間が許す限り話をするようにしたんです」

 在宅医療を目指すきっかけとなったある患者と出会ったのも、この時期だった。

「B型肝炎が進行し、肝細胞がんを発症していた若い男性患者Kさんでした。少し気むずかしい一面もありましたが、入院中、いろんな話をしました。『濱ちゃん、いつも来てくれて悪いな』『今度、釣りにでも行こうよ』、そんな会話までかわすようになり、看護師さんからも『よく打ち解けられたね』と言われて、『ああ、少しは思いが形になってきたかな』と思えるまでになっていました」