週現スペシャル 名医が明かす「忘れられない患者たち」

「私たちの〝恩師〟は病気と闘う 名も無き患者たちでした」
元国立がんセンター中央病院長、順天堂大医学部教授、肝臓移植のカリスマほか

週刊現代 プロフィール

 この言葉に、土屋医師は衝撃を受けた。

「彼女は私にお礼を言ったのです。思いっきり頭をガツンと叩かれたような気分でした。彼女の一言一言が、胸に響いて仕方なかった。この人が生きるために知る権利を、こちらが勝手に奪う権利なんてまったくない。深く反省しました。

 もし私より年上の患者さんだったら、ここまで強い衝撃は受けなかったかもしれません。彼女は私よりも若く、しかも医療に関してはまったく素人の、ごく一般的な家庭の主婦です。私は心のどこかで、『家庭の主婦なんて何も知らないだろう』という思いがあったのかもしれません。そうした驕りを、全部浮き彫りにされたような気がしました。これが真実なんだ。いくら先輩がそうしてきたからといって、告知しないのは絶対に間違いだ。このとき、そう思い知らされました」

 彼女は1年8ヵ月後に亡くなった。この出会い以降、土屋医師は、「がんは告知すべきではない」という、若い頃に刷り込まれた固定観念から解放されたという。すべての患者に同じ対応をすればよいということは決してないはずだ、と。

 告知について、前出の高山教授は、こう言う。

「手術をして死に至る可能性があるということは、家族には伝えます。でも、私は本人には言いません。今は全部言う医師のほうが多いかもしれませんが、それは患者や家族のことを考えてというより、医師が我が身を守りたいという理由のほうが大きいと思う。例えば0・1%の確率でしか起こらないことでも、万一起こって患者家族側から訴えられたら困るので、あらゆるリスクの可能性をあらいざらい話して、患者側に承認のサインを求める。そんな風潮があるのです。でも私は、それを疑問に思います。病気に対する余計な恐れが生じたら、患者さんから闘病意欲を奪うことにもなりかねない」

 どこまで話すのか、あるいは話さないのか、その呼吸を学ぶのも、患者からだ。がんと聞いて、とたんに取り乱す高僧もいれば、静かに受け入れる専業主婦もいる。患者は医師の都合では動いてくれない。だからこそ、「名医」は謙虚に患者の声に耳を傾けるのである。

帝国ホテルの美容室へ

「イギリスのノーベル賞作家・キップリングが『言葉は人間が用いる中で最も強力な薬だ』と言っているのですが、まさにそのとおりだと思います」

 こう話すのは、内科医として60年の経験を持つ朝日生命成人病研究所の名誉所長、藤井潤医師。「言葉は薬にもなれば、毒にもなるんです」と藤井医師は続ける。

「私の患者さんで、心電図をとったら複雑な不整脈が見つかった方がいました。でも、私が心電室へ行ってその患者さんに『大丈夫ですか?』と声をかけたら、どういうわけか不整脈がピッと治ってしまった。不整脈はストレスが原因で起こることがあるので、この患者さんは言葉をかけられたことでストレスが和らいだのかもしれませんね」