特別読み物 7・27開幕 ロンドン五輪日本代表こうして挫折を乗り越えた!

田中理恵、内村航平、藤原新、ディーン元気、
寺川綾ほか

週刊現代 プロフィール

「当時の目標は決勝に残ることだったので、準決勝を通過したときに、目標がなくなったんです。本当は泳ぎたくないと思っちゃった。でも、日本代表として五輪に出ているのに、『もう目標を達成しました』なんて口が裂けても言えません。決勝では手が震えてスタートもうまくできないし、完全なビリ。レース後も4位以下は予選落ちと一緒みたいな扱いで、自己ベストを出しても、『残念でしたね、何でメダルが取れなかったんですか』って、聞かれたのはそればっかり。すごく悔しかったし、悲しかった」

 続く北京五輪選考会では自己ベストを出しながらも代表に選ばれなかった。

「選考会のすぐ後に同期会をやったんですけど、『これからどうすんの?』って聞かれて、『(競技生活を)やめようと思う』って言ったら、『え、何でやめんの。せっかくここまでやってきたのに、1回選ばれなかったぐらいでさ』って、軽いノリで言われた。私も結構、軽い人間なので、『みんな続けるならや~ろう』って決めたんです(笑)」

 寺川は北島康介らを指導した平井伯昌コーチの元へ自ら出向き、現在教えを受けている。一度は門前払いされたが、しぶとく粘った。淡白な性格だった寺川に執念が生まれた。ロンドンを目前にしてこう言う。

「どういう泳ぎをして予選、準決勝で結果を残して、どうやって決勝で泳いで、どういう結果を出すかというのが、自分のなかですべてクリアになっています」

 2度目の挑戦となる五輪で、寺川の〝大人の泳ぎ〟を見られそうだ。

 女子レスリングの浜口京子(34歳)は、幼稚園のころからスイミングスクールに通い、水泳選手として武蔵野中に推薦入学した。しかし、一日中元気がない。京子の異変に気づいた父・アニマル浜口が、「悩みがあるなら何でも話せ」と声をかけると、「水泳をやめたい」と本音を打ち明けた。水泳部に五輪級の選手が大勢いて、練習にもついていくことができなかったのだ。結局、水泳部をやめたが、それがレスラーへの転機となったのだから、結果的に、挫折が幸いした。

「ロンドン五輪アジア予選の前、全身全霊をかける決意の表れか、浜口は、『女らしさとかどうでもよくなってきた。髪が邪魔。丸刈りにして出場する』と宣言した。これに両親は猛反対。というのも、'03年の世界選手権ニューヨーク大会で、髪を赤く染め丸坊主姿で出場した浜口が、欧米で『ネオナチか』と物議を醸した過去があるからです。彼女はいつも自らを追い込み、時にその危うさが力を生み出している」(スポーツライター)

 これまで世界選手権で5度のV、全日本選手権では最多の15回の優勝。残るは五輪の金メダルだけだ。

柔道家とゴルファーの出会い

 男子柔道100kg級に出場する穴井隆将(27歳)は、男子重量級復活の期待を一身に担う。が、1年前、最大のピンチを迎えた。6月のグランドスラム・リオデジャネイロ大会で左手小指を脱臼し、完治しないまま臨んだ世界選手権で惨敗。このまま稽古を続けるか、中断して治すのか決断を迫られたのだ。悩みに悩んだ末、完治させることに決め、リハビリ生活に入った。朝6時半に起きてランニングとストレッチ。その後はウエイトや稽古ができない代わりに老人に混じってゴムまりを握ったり、長時間ダンベルだけのトレーニングをしていた。そんなとき、マネジメント会社代表・平山直史氏が、同じ事務所に所属するプロゴルファー・片山晋呉のトーナメント観戦に連れ出した。