二宮清純レポート 野村祐輔23歳・広島東洋カープ 思考を止めないから相手の動きが見えてくる

週刊現代 プロフィール

 ミットを構え、江夏の投球を待つ水沼。セットポジションから江夏の右足が上がりかけた瞬間、三塁走者の藤瀬史朗が猛然と本塁に突っ込んでくる姿が目に入った。

 咄嗟の判断で水沼は立ち上がった。スクイズを察した江夏はカーブの握りのままウエストボールを放った。緩やかな軌道を描いたボールは石渡のバットをあざ笑うかのように水沼のミットに収まった。

 本塁の5m手前で藤瀬はタッチアウト。世にいう「江夏の21球」のハイライトシーンである。

 この時、江夏豊、31歳。プロの酸いも甘いも噛み分けた左腕には後光が差していた。

 球史に残る左腕とルーキーを同列に論じるつもりは毛頭ない。舞台が違えば場面も違う。しかし、見切ったようにスクイズを外した修羅場のテクニックは付け焼き刃ではない。

 この23歳、いったい何者なのか---。

 実は野村には〝前科〟がある。学生時代にも白昼堂々とスクイズ外しを行っているのだ。それについては後述するとして、彼の球歴をたどってみる。

 野村は岡山県倉敷市の生まれ。倉敷といえば星野仙一、松岡弘、佐々木誠らを輩出した山陽道有数のプロ野球選手の産地である。

 小学校1年から野球を始めた。最初の頃は「フライが捕れないほどヘタクソ」だった。

 6年生になってやっとエースになった。中学時代は2番手投手として西日本大会で優勝した。

 目指すは甲子園。進んだ先は広島の名門・広陵高。金本知憲(阪神)、二岡智宏(日本ハム)、西村健太朗(巨人)らの母校だ。

「中学時代はピッチャーとセカンドをやっていたと聞きました。体もそう大きくないし、それほど目立った存在ではありませんでした」

 振り返って監督の中井哲之は語る。

「印象に残っているのはマイペースなところ。1年先輩に吉川光夫(日本ハム)がいたのですが、ブルペンの隣で投げていると〝先生、今日はもういいです〟と言うんです。

 普通のピッチャーなら、先輩に負けたくないと思ってガムシャラに投げ込むでしょう。ところが彼は〝吉川さんは今日、調子がいい。つられて投げると力んで体が開くから、僕はいいです〟と言うんです。冷静というか大人っぽいというか・・・・・・。こんな子は、後にも先にも野村だけですね」