二宮清純レポート 野村祐輔23歳・広島東洋カープ 思考を止めないから相手の動きが見えてくる

週刊現代 プロフィール

 打席には7番・飯山裕志。長打こそないが、小技に長けたバイプレーヤーだ。

 マウンド上の野村は目の前の打者と三塁走者・稲葉篤紀の気配を用心深くうかがっていた。

「あっ、これはもうスクイズだな」

 野村はいつもより足の上げ幅を抑制した。スクイズに対応するためだ。

「もちろんクイック・モーションで投げました。ランナーがすぐにスタートを切ると思って・・・・・・」

 2球目、キャッチャー倉義和のサインはスライダー。野村は軽くうなずいた。変化球でもミリ単位の技術でバッターが予期せぬコースへ投げるだけの自信が彼にはあった。

 稲葉がスタートし、飯山がバントの構えをみせたのを見て、迷わず野村はスライダーを本塁の手前に叩きつけた。飯山は何とかくらいついてバットに当てたが、ファウルにするのが精一杯。スクイズは失敗に終わり、野村は後続を断ってピンチを切り抜けた。

 このゲーム、野村は7回無失点で勝利投手になった。

「今日の1勝は自分にとってすごく大きい。ただの1勝ではないと思います」

 物静かな青年は素直に喜びを口にした。

 ルーキー、恐るべし---。不意に私の脳裡に33年前の光景が蘇った。

投手に必要な感性

 1979年11月4日、大阪球場。日本シリーズ第7戦。広島と近鉄は、ともに初の日本一をかけて死闘を繰り広げていた。

 4対3と1点リードで迎えた9回裏、広島は無死満塁のピンチを迎える。マウンド上の江夏豊は佐々木恭介を三振に切って取ったものの、まだ1死満塁。絶体絶命の状況であることに変わりはない。ワンヒットで同点、いやサヨナラ負けを覚悟しなければならない場面だ。

 打席には巧打者の石渡茂。とうにスクイズの気配を察知していた江夏は慎重にボールを配した。初球、真ん中にスローカーブ。このボールから入ったのは石渡の動きを観察するためだ。

 2球目、キャッチャー水沼四郎のサインはカーブ。「このボールなら、たとえスクイズを仕掛けられても失敗することが多い」と水沼は判断したのだ。