小久保裕紀(ソフトバンクホークス)「逆境を愛し、愛されたキャプテン」8度の手術、偉業を目前にして椎間板ヘルニアで離脱・・・苦難を乗り越えて2000本安打達成

フライデー プロフィール

「背中がバキバキ鳴るくらい思いっきりバットを振れ」

「1mmでも遠くに飛ばす工夫をしろ」

 たくさんの言葉をかけられ、たゆまぬ努力でそれに応え、スラッガーとして開花した小久保。

「若い頃からヒット狙いの軽打ばかりしていたら2000本安打は無理だったでしょう。スイングスピードが低下して、おそらく35歳あたりで(野球選手として)急下降したはず」

 近年は本塁打数こそ減少したが、不惑の現在でもチームの主軸を担う。昨年の日本シリーズでは4番を務め、2試合連続先制タイムリーの勝負強さでホークスを8年ぶりの日本一に導いた。その活躍が認められ、史上最年長でのシリーズMVPに選ばれている。

 しかし、数々の栄光の陰では、苦難と波乱に満ちた野球人生も送ってきた。

 手術は過去8度も経験している。肩、手首、膝・・・・・・。昨オフは内視鏡手術で、ついに首にも穴を開けた。

選手生命の危機に陥った'03年、復帰を目指し懸命なリハビリに励む。座右の銘である「一瞬に生きる」という言葉に嘘はない

 中でも忘れられないケガがある。'03年、地元福岡でのオープン戦でのことだ。本塁クロスプレーで相手捕手と交錯し、右膝を潰された。前十字靭帯断裂、内側靭帯損傷、外側半月板損傷、脛骨・大腿骨挫傷。シーズンを完全に棒に振る、いや、選手生命を脅かすほどの大ケガ---。

 だが、小久保はこの出来事が選手寿命を伸ばしたと言い切るのだ。

「あれで体のことを学び、練習法から食事の面まで見直すことができた。当時は体を大きくすることだけを考えてトレーニングしていたが、アメリカでのリハビリを通じて、体幹部のバランスの重要性を学んだ。ただ体をデカくして、失敗した選手も野球界には多いから、俺もそうなっていたかもしれない」

 自分に降りかかることに無駄なことはない。決して下を向かないと決めた。そんな小久保が大事にしている「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」という言葉がある。尊敬してやまない実業家で「京セラ」創業者として知られる稲盛和夫氏の哲学だ。決して足し算ではないところがミソ。いくら能力が高くても熱意が低ければ好結果は出ない。逆に、熱意に燃えているだけでもダメ。最も重要なのは「考え方」だという。他の2つの要素は〈0~100〉の指数を当てはめるのだが、「考え方」は〈マイナス100~100〉となる。つまり、マイナス思考となってしまった時点で、すべてを打ち消してしまうのだ。