スペシャルレポート プロ野球 寮長たちは見た!
「一流と二流、これが分かれ目」

週刊現代 プロフィール

「お前はまだダメだ」---きっかけはこんな言葉だったという。

 育成枠で入団し、やっとの思いで支配下登録を勝ち取った'07年のシーズンオフ。それは、「そろそろ寮を出たい」という山口に対する、当時の寮長・樋沢良信氏の回答だった。

 その時、納得のいかない表情を浮かべる山口に、樋沢氏は諭すように続けた。

「夕食はどうするつもりなんだ? 毎日自分一人で作って食えるのか? 一人で住むということは、一人で準備するということだ。おれにはお前が私生活で自立できているとは思えない」

 巨人では高卒は入団から5年以上、社会人や大学の出身者は最低2年は寮で生活することになっている。

 当時24歳、横浜商高を卒業後に単身渡米し、マイナーリーグで4年間を過ごした山口は、退寮の資格を十分有していると自負していた。だが樋沢氏の目にはそうは映らなかった。

「一流選手になるための最初の壁は、習慣の確立です。正しい栄養管理すらわかっていない状態で寮から出せば、間違いなくケガをする。

 山口という才能が潰れてしまえば、球団にとっても大きな損失ですから」

 その一方で、樋沢氏が入団後わずか1年で、「出ていけ」と言った選手もいる。'10年のセ・リーグ新人王、長野久義(27歳)である。

 3度目のドラフトで念願の巨人入りを果たした長野には、新人にしてすでにプロの心構えができていた。

「試合から帰ってきて長野が食べるのは、大抵の場合フルーツだけ。自分が太りやすい体質であることを分かっているから、寝る前の食事は節制して、栄養はサプリメントで補っていたようだ」(樋沢氏)

間違った努力とは

 長野とともに巨人打線を牽引する坂本勇人(23歳・光星学院高出身)も、規定より2年早い3年目のオフに、寮から出させた。

「球団の代表や社長は猛反対でしたね。それでも原(辰徳)監督に『アイツはもう立派に大人です。もう寮は必要ない』と話して、出すことに決めた」(樋沢氏)

 入団前から「ヤンチャ」のレッテルを貼られていた坂本は、確かに寮の規則を忘れたり、整理整頓を怠るところがあった。しかし、誰よりも強いプロ意識を持っていたのも、坂本だった。

「勇人はとにかく吸収が早い。何でも一言指摘しただけで、あっという間に修正してしまう。入寮時にはすぐに散らかっていた部屋も、いつの間にか綺麗に保たれるようになった」(同前)