ドン小西 第2回 「バブル崩壊後、20億の借金をコツコツ返して残り数千万に。ところが、そこでスケベ根性が・・・」

島地 勝彦 プロフィール

 でも真面目に裁縫を覚える気がなかったから、完全に劣等生だったね。あるとき、スカートの裾をまつれっていう宿題が出た。まともにやったら徹夜仕事だから、アルバイト先にあったフランス製の「ルイス」っていうまつりミシンで、ものの3~4分で仕上げて持っていった。そしたら先生に怒られてね。廊下にバケツ持って立たされたよ。型紙さえ作れれば、あとはセンスと実践で何とかなるもんだとそのころから思っていたからね。

シマジ 文化服装学院を卒業してどこに就職したの?

ドン "GRASS"だよ。おかしな会社で、一軒家を丸ごと借りてたんだ。会社のなかに暖炉があって、ビリヤード台まで置いてあった。入社するとすぐにデザイナーの山口哲也と一緒にロンドンに行かされた。ロッド・スチュアートのステージ衣装を作りに行ったんだ。

 "GRASS"はおもにミュージシャンの衣装を作ってたんだ。おれも当時売り出し中のあべ静江の衣装を型紙から作ったこともあるよ。そうだな、入社して半年ぐらい経ったころかな、ある朝、出勤したら警官が7~8人会社にいるんだよ。マリワナ所持で幹部が捕まって、会社がガサ入れされたんだ。何せ会社の名前が"GRASS"だろ。ロゴだって、世間的には「モミジ」ということにしていたんだが、あれはまちがいなくマリワナだったよ。

シマジ それはまたずいぶん"ぶっ飛んだ"会社だね。

ドン 上のほうは警察に持って行かれたから、おれが一生懸命働かないとやっていけなくなった。お陰で、小切手の切り方から帳簿の付け方まで、一通り覚えられたんだけどね。

シマジ それがドンさんが独立するとき役にたったんだ。

ドン そうかもしれない。でもあのころのおれのヘアスタイル、見せたかったなぁ。肩まで届くロン毛で右側半分はグリーン、左半分はオレンジだったんだ。

立木 ヒッピー全盛の時代だったんだな。

ドン そうですね。

シマジ そこで何年働いたの?