[障害者スポーツ]
伊藤数子「新たな日本のスポーツ史をつくるリーダー」

~車椅子ランナー・廣道純~
スポーツコミュニケーションズ

廣道純が「大分陸上」を創設したワケ

 これまで廣道選手とは何度かお仕事を一緒にしてきましたが、「廣道純」という人間を知れば知るほど、そのグローバルな概念と懐の深さに感銘を受けるとともに、彼の存在価値の大きさを感じます。

 廣道選手は競技に対して本当に真っ直ぐな人です。彼はよく車椅子の自分について「ただ足が動かなくなっただけやん」と言います。その裏には、彼自身にしかわからない大きな意味があるはずですが、シンプルでまっすぐに響くその言葉は、聞いている側をもすんなりと「うん、そうだよね」と思わせます。そして、彼は続けてこう言うのです。「自分はただスポーツが好きだからやっているだけ」と。これが、実に清々しいのです。

 もちろん、事故で車椅子での生活を余儀なくされた現実を受け入れるには、想像を絶する苦悩があったはずです。しかし、廣道選手はそれを感じさせません。いつも前向きで、何に対してもプラス思考。そしてプロの車椅子ランナーとしての誇りをもち、勝負に対しては絶対に妥協をしません。

 私が廣道選手と初めて会ったのは、10年の大分国際車いすマラソンです。私の方から声をかけると、初対面にもかかわらず、気さくに話しをしてくれました。記事やHPの写真の印象では、「やんちゃな少年がそのまま大人になった」ような、それでいてちょっと強面な感じがしましたが、会ってみると、実に熱い男で、そしてフェアなアスリート然とした人でした。

 そして驚いたのは、大事なレース前だというのに、「もっとこの大会を盛り上げたい」というような話を夢中でしていたことでした。普通、レース前の選手に話を訊くと、当然レースのことで頭がいっぱいですから、自分の走りやレース展開についての話になるのが自然な流れでしょう。ところが、廣道選手は車椅子競技全体のことを気にかけていたのです。「只者」ではないことを感じさせてくれました。

 廣道選手はプロのランナーとして自分がレベルアップすることはもちろんですが、常に競技の普及と日本の障害者スポーツ界の発展のことを考えています。そして、考えるだけではなく、実際に行動に移すところが、「廣道純」のすごさです。このコーナーでも、昨年5月に掲載した第8回で取り上げていますが、廣道選手は自らが現役選手ながら、友人とともに国際パラリンピック委員会(IPC)公認の国際大会「大分陸上」を毎年開催しています。

 しかも、同大会は自分のためではなく、海外遠征に行くことのできない若い選手に記録を出すチャンスを与えたいという理由から立ち上げたものなのです。「大分陸上」を開始した05年、廣道選手はすでに2度のパラリンピックに出場し、世界トップランナーとしての実績も地位も手に入れていました。次の北京パラリンピックの切符を勝ち取るための海外遠征も可能な実力があり、既にプロとして活動していましたから費用に困っていたわけでもありませんでした。しかも、現役選手の廣道選手からすれば、若手の台頭は自分のライバルを増やすことにもなるわけです。しかし、それでも廣道選手が大分陸上を立ち上げたのは、彼にとって優先すべきは自分自身のことではなく、障害者陸上界全体の底上げだったからです。つまり、彼は芯から日本の障害者スポーツの発展を願っているのです。

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