こんな生き方もある 立川志の春 人生は一度きりだから「イェール大卒、三井物産経由、落語家行き」

週刊現代 プロフィール

 師匠が見守る中で始まった審査は30分ほど。今までの人生で、これほど長く感じた時間はありません。師匠からは「分かった」の一言だけで、合否は分かりませんでしたが、それから半月後、師匠に連れられて家元の立川談志師匠にお目通りしました。談志師匠が亡くなる1年前のことです。

 師匠は緊張した面持ちで、こう切り出しました。

「このたび、こちらの志の春を二つ目に上げたく思います。いかがでしょうか」

 談志師匠はウンと頷き、こう返されました。

「そうかい。お前がいいと言うんならいいだろう」

 二つ目昇進を認めていただいた瞬間でした。

 その後はお二人の会話となり、特にかけていただいた言葉はなかったのですが、本当にありがたく、貴重な体験でした。談志師匠の最晩年に、直々に昇進の許可をいただけたことは、私の落語家人生にとって余りある誉れと思っております。

 二つ目に上がり、高座を催せるようになってから、新作や英語落語にも挑戦するようになりました。昨夏にはシンガポールでの高座にお招きいただき、以来、国内でも何度か英語落語を披露しています。

 ただ、自分自身では、英語落語はまだまだ出し物にするレベルに達していないと思っています。日本語が「おめえ」とか「おまえさん」とか言い方ひとつで立場を表現できるのに対して、英語ではすべて「YOU」となってしまうというように、英語落語は翻訳ひとつとっても、なかなか難しいんです。これを外国人にも理解してもらえるようにするには、やはり落語家としての基本を磨き上げるしかないのです。師匠からも、

「芸が未熟な段階で、あまりにも早く英語落語に舵を切ると、『英語落語の人』というレッテルを貼られてしまうだろう。芸の幹を細くする恐れもあるから、やり方に気をつけるように」

 と注意を受けており、肝に銘じようと思います。

 弟は劇団四季に6年間在籍し、今はミュージカル役者、作曲家・編曲家としての道を歩んでいます。かく言う私は、初めて一緒に師匠の落語を見た彼女と、昨秋入籍しました。両親もちょっとだけ安心したのではないかと、思っております。

 また、三井物産当時の上司・同僚にも深く感謝しています。3年半しか在籍しなかった私のために、たくさんの方が高座に足を運んでくれたのです。本当にありがたく、温かい会社にお世話になっていたんだと、改めて気づいた次第です。

 餃子屋さんへの道すがら見つけたこの落語の道も、今年で10年目。初心を忘れることなく精進する所存です。どうぞお見知りおきください。立川志の春でした。

「週刊現代」2012年6月2日号より