アップルのデザイン経営が生み出した「エコシステム」は新陳代謝を繰り返す

世界最薄のラップトップPC、Macbook Airをプレゼンするスティーブ・ジョブズ〔PHOTO〕gettyimages

 巨額の赤字に苦しむソニー、パナソニック、シャープといった国内大手家電メーカーも「良いデザインの商品」を作る努力を行ってきたはずだ。ただアップルと違ったのは製品だけをデザインの対象としたことだ。

 大企業のデザインセンター(あるいはデザイン本部)は、スティーブ・ジョブズのように企業全体のあらゆるデザインに関わることが出来るのか? それは残念ながらNOだ。なぜなら各事業部は縦割りで、権限が分離されているからだ。しかし、そういうルールを縦横無尽に破壊し「デザイン経営」を実現したのがジョブズだった。

 「デザイン経営」という言葉はジョブズの活躍の後、たびたび聞くこととなった。さらに「デザイン・シンキング」という言葉も耳に馴染んできた。これらの一見新しい魔法ツールのようなデザイン観は、皮肉なことに経営者やコンサルタントなど、デザイナー以外の人々から支持され始めた。ただし、デザインの意味は元来、色やカタチよりも設計やシステムを指すものなので、本来の意味に戻っただけとも言える。

 大半のメーカーは長い間、主に「商品の外観(パッケージ)」をデザインの対象にしてきた。1995年以降そこにUI(ユーザーインターフェイス)やUX(ユーザーエクスペリエンス)という概念がデザインの新しい課題として加わった。スマホなどのハードウエアはその膨大なブランド世界の入り口に過ぎず、いまやデザインの対象は全領域に、しかもシームレスに繋がっている。

 単に商品の外観だけではなく、顧客とのあらゆる接点をデザインの対象としたアップルは、デザイン経営を初めて実践した企業として歴史に名を残すだろう。そしてアップルでは、デザインが経営のハブとなり企業活動のすべてに関わり始めた。

 アップルはソフトウエアやUIなどを含むあらゆるサービスをデザインした。「顧客とふれ合う全ての接点」をだ。アップルはマーケティングをしない会社、と時々誤解されているが、それは狭い範囲のマーケティングのフォーカスインタビューをしなかっただけのことで、顧客視点の重視という点で考えれば、これほどマーケティングを徹底的に行った会社は他に見たことがない。アップルのデザイン経営は、一度接点を持った顧客に対しては、徹底して固定顧客化し顧客価値を高め、再購入や顧客連鎖を促進する、などの企業活動の拡大再生産を図ったのだ。

ファブレス企業なのに設備投資額はソニーの1.5倍!

 結果、アップルにおいてはデザインがあらゆる経営上の問題解決の強力なツールとなった。製品、インターフェイス、店舗、広告、製品発表会、サービス、ソフトウエアのすべて(iTunesやiCloud)、つまり顧客のあらゆる体験も、マーケティングのソリューションとしてデザインの対象となった。こういう発想が自然に行われたのは、ジョブズがデザイナーでもエンジニアでもなく、多くの顧客の"代理人"であったからだ。つまりジョブズ一人に話を聞けば、何億人もの集約された顧客の意見を聞くことが出来たのだ。

 しかし、多くの優れたデザイナーを抱えているにもかかわらず、日本のメーカーではこういうダイナミックなデザイン経営は実現できていない。日本の企業組織には堅固な縦割りの壁という課題があるからだ。デザイン本部は製品別に分けられた事業部のサービス部門的な位置に存在していることが多い。デザイン本部が企業のヒエラルキーの外側に置かれているため、ダイナミックなデザイン経営が実現できないでいる。

 面白い経営数値がある。ファブレス企業であるアップルだが、実は設備投資額が5,900億円にものぼる。驚くべきことに、ソニーの1.5倍もの額が製造設備に投資されているのだ。理由は簡単で、あのユニボディーを実現するためには金属の固まりを削り出す高額の切削機械をEMS(電子機器の受託生産) へ提供する必要があるからだ。「デザイン経営」の徹底はこのような生産の現場にも現れている。

 利益の多元化という意味では、サービス事業の売上高も見ておく必要がある。音楽・映像配信サービス「iTunes Store」、アプリケーション配信サービス「App Store」、電子書籍のコンテンツ配信サービス「iBookstore」の年間売り上げは合計で4,482億円。現在の総売り上げ高の5%程度に相当する。一見すると少なくも思えるが、それでもグリーなどの売り上げと比較してみると数倍の額だ。

 もちろんアップルはプロダクトにこだわり、それを利益の源泉としているメーカーだ。しかし、これらのサービス(コンテンツ)が一定規模の売り上げと、アップル経済圏構築の要になっているのは事実だ。そしてこれらのコンテンツは、消費者がハードウエアを購入する際の強い動機にもなっている。

 「エコシステム」という概念がある。これは、アップルが所属する「経済圏」が、あたかも自然界の生態系のように境界や参加者(参加企業)を柔軟に変えながら、それぞれのセルを拡大したり縮小したりして変化していく、というものだ。

 ご存知のように、アップルはもともと「パソコンメーカー」としてスタートした。その後、iPodやiTuneサービスで「AV機器」事業に進出し、今では「携帯電話機メーカー」の顔まで持つようになった。アップルは既存の産業の枠にとらわれず、常に多様な企業群(ステークホルダー)を巻き込みながら変化していく独自の経済圏を創り出したのである。

 自然の生態系と同様、ビジネスのエコシステムも新陳代謝を繰り返す。デザイン経営を基礎とするアップルでは、設備のしがらみが無い分、その新陳代謝も活発だ。材料や部品を納めるメーカー(大半が日本製の部品)、協業関係にあるアプリやサービスの開発者も、時間が経過すればどんどん入れ替わっていく。その過程では当然、アップル自身の競合相手も変わっていく。

 たとえばiPhoneをゲーム機として見れば、ライバルは任天堂ということになる。実際、すでにGoogleやAmazonとは分野によっては激しく競合し、業界・業際の壁は融解している。これは、今後すべての産業の境界が崩壊する予兆なのかもしれない。


【参考にした文献】
経営数値など、筆者も取材に応じた日経デザイン誌の単行本『アップルのデザイン~ジョブズは"究極"をどう生み出したのか』を資料として参照した。

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