宇宙飛行士の底力 宇宙で働く男。
宇宙飛行士 星出彰彦

ほしで・あきひこ1968年東京都生まれ。1992年宇宙開発事業団(NASDA、現・宇宙航空研究開発機構JAXA)に入団。名古屋駐在員事務所にて、H-Ⅱロケットなどの開発・監督業務を行う。1999 年日本人宇宙飛行士候補者に選定される。同期は、古川聡、山崎直子両宇宙飛行士。2008年、スペースシャトルディスカバリーにて国際宇宙ステーションに行き、日本の実験棟「きぼう」設置などの任務を果たす。2012年には再び国際宇宙ステーションを訪れ、半年間滞在する予定。

 1985年、あの毛利衛さんらが日本人初の宇宙飛行士に選ばれた時、多くの子供たちが「いつか宇宙に行ってみたい」と夢を見た。その中で、リアルに職業としての宇宙飛行士を志し、そして実現させた少年がいた。彼はどのようにしてチャンスをつかみ「宇宙を職場にする」道を切り開いたのか。

取材・文/門倉紫麻 撮影/神戸健太郎

 そこに、宇宙飛行士がいるとは、思っていなかった。

 取材前、待ち合わせをしたロビーでは、JAXAのスタッフが何人か談笑していた。

「あ、この格好じゃないほうがいいですよね。すぐブルースーツに着替えてきますね!」

 私たちに気づいてスタッフの輪から抜け出し、ポロシャツとチノパン姿でひらりと廊下を駆けて行った小柄な男性。それが星出彰彦宇宙飛行士だった。

 宇宙飛行士を前にすると、誰もが自然と「選ばれた人」として彼らを扱ってしまう。そうされると、宇宙飛行士自身も期待に応えようと、より気を引き締めて人前に出るようになる。だから、宇宙飛行士のいる空間には、いつも少し緊張感が漂っている。だが星出さんの周りの空気は、驚くほど「普通」なのだ。会ったばかりの私も、すぐにリラックスし始めていた。

 2008年、国際宇宙ステーションに2週間滞在。日本実験棟「きぼう」の設置に携わった。

「2週間程度の短期ミッションだと、結構忙しいんですよ。毎日スケジュールがびっちり組まれていて、その日の仕事はその日のうちに終わらせないといけないし、次の日の準備もしないといけない。気づいたら、シャトルのハッチを閉めて『宇宙ステーションさようなら』っていうタイミングでした。えっもう帰っちゃうの? っていう感じ。『まだ帰りたくないんだけど』って言ってしまったくらい(笑)」

 まるで、会社の同僚が、出張の体験を話して聞かせるみたいに、宇宙での日々を話す。

 そう、宇宙飛行士にとって、宇宙は職場なのだ。「宇宙で働く男」。星出さんには、そんな言葉が似合う。

宇宙飛行士は、オペレーターです

「チーム全体の成功に、なんらかの形で貢献できることが僕の喜びです。宇宙飛行士は、オペレーターなんですよね。たしかに宇宙に行くので注目されることが多い。けれど、僕はたまたま宇宙で作業をしてくる役目を担っているに過ぎません。チームは、宇宙飛行士だけじゃない。チームの中には、実験を考える人、装置を作る人、手順を考える人、そしてその手順を僕ら宇宙飛行士に教えてくれる人、地上から宇宙にいる宇宙飛行士に指示をくれる人たちがいるんです。」

 星出さんと同期の宇宙飛行士・古川聡さんが「宇宙飛行士は主役ではない。ぼくは科学者の手足になりたい」と言っていたのを思い出す。星出さんと古川さんの考えは「宇宙飛行士は主役ではない」という点において似ているようだが、実は方向性が違う。古川さんから感じられたのはチームの思いを受け止めて「代表として宇宙へ行く」という強い責任感と感謝の気持ち。宇宙へ行ける人数はまだ限られている。だから、代わりに宇宙飛行士が宇宙へ行く。

 一方、星出さんからは、関わるスタッフそれぞれが「自分の仕事を全うするのみだ」というフラットさが感じられる。いや、意識的に、そうであろうとしているのかもしれない。星出さんは、宇宙飛行士を、特別な職業にしたくないし、宇宙を、特別な場所にはしたくないのだ。ある意味、これからの宇宙飛行士像を強く意識しているとも言える。

「いずれ、みなさんが宇宙に出て行く時代がやってくる。僕は少し先に行って、その道を作っている、という意識なんですよ」

 にこにことそう話すのを見ていたら、語義通り、星出さんが力強く足で道路を踏み固めているような光景が浮かんだ。

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