取材・文/門倉紫麻撮影/神戸健太郎
飛ぶ人。見守る人。宇宙飛行士と管制官は、まるで双子の兄弟だ。しかし、管制官は決して宇宙に行くことはない。果たして彼の仕事とは、どんなものなのだろう?
宇宙飛行士と、双子のような関係の職業がある。管制官だ。
「違いは、自らの体を使うかどうかだと思います」
そう話すのは、内山崇さん。宇宙船の地上管制官をしている。そして、08年に行われた宇宙飛行士選抜試験を最終選考まで勝ちぬいたファイナリストでもある。
「宇宙飛行士と管制官に必要な能力は、非常に似ているなと思います。もちろん宇宙飛行士は命の危険がある中でミッションを遂行するので、安全な管制室で遂行する管制官と、働くときの精神状態は違うかもしれませんが」
多くのことを同時並行処理する能力。素早い状況判断力。冷静さ。堪能な語学力。危機対処能力。コミュニケーション能力。
宇宙飛行士と管制官、双方に必要な能力を一息に挙げた。一般論であると同時に自分の能力を語ることにもなるのだが、そこには照れも、過剰な謙遜も含まれていない。かつ、傲慢さや、自慢気なところもまったくない。そこにあるのは、管制官という仕事への強い自負だ。管制官の仕事を続け、宇宙飛行士の選抜試験を受けることで体感した「事実」を語っているだけだ。
内山さんはどんな人かと問われたら、こんな風に表現する。プライドが「高い」人ではなく、プライドが「ある」人。
今年1月22日、内山さんが管制官を務める宇宙船、HTV・愛称「こうのとり」の2号機が無事打ち上げられた。
取材は、その2ヵ月前。内山さんの表情はキリリと引き締まっていて、打ち上げに向け、いい緊張感の中にいることが伝わって来る。「1年間訓練をして、本番は、打ち上げから役目を終えて大気圏突入して燃え尽きるまでの1ヵ月半。3シフトを組んで24時間態勢で集中してミッションにあたります。
1号機で成功したから、2号機も成功して当たり前と思われている。絶対に失敗が許されない中での作業は2度目でも大変です」
アスリートのようだ。本番にピークが来るように、練習を重ねて体を作り、気力を充填し、高めていく。それは、宇宙飛行士も同じだ。来るべき日に向け、訓練を重ねる。
管制官の仕事は、宇宙船に地上から指示を飛ばして、遠隔操作すること。さらに、内山さんは共に運用にあたる管制官に指示を出す「フライトディレクタ」の一人でもある。
野球に例えるなら、管制官チームを率いる「監督」だ。ひとたびフライトディレクタの椅子に座ると、宇宙ステーションから、NASAから、英語と日本語が交ざった情報が内山さんの耳のインカムに集中する。情報を瞬時に判断し、優先順位をつけ、迅速に、的確に、メンバーに指示を出す。集中力を必要とするハードな仕事が、1ヵ月半続くのだ。
「打ち上がったら、ずっと気が抜けないですね。ほかのことは考えられないです」「こうのとり」は、無人の宇宙船だ。宇宙飛行士たちが長期滞在している宇宙ステーションまで、食料や医療品、実験機材などの物資を運ぶ。
今回は、09年に続く2度目の打ち上げとドッキング(結合)に成功。快挙と言ってもいい、完璧な成功だ。順調過ぎるからだろうか。小惑星探査機「はやぶさ」のように大きく報道されることはなく、残念ながら知らない人が多い。
だが実は、「こうのとり」は国際社会の中で重要な役割を担う宇宙船なのだ。アメリカのスペースシャトルが今年で引退するため、今後は大型の機材を運べる、世界でただ一つの宇宙船となる。
さらに、宇宙ステーションとのドッキングの方法に、世界初となった日本の高度な技術が使われていることは、もっと知られていない。
通常、無人の補給船の宇宙ステーションへのドッキングは、コンピューター制御で行う。だが、「こうのとり」は、ちょっと違う。
「高速で移動している宇宙ステーションに、HTV(こうのとり)を近づけて、どこにも固定しないまま同じ速度でずっと並走させます。その状態で宇宙ステーションにいる宇宙飛行士がロボットアームを操作して、そっと捕獲します」
高速で移動する機体同士、かすっただけでも宇宙飛行士に命の危険が及ぶ。地上の管制官チーム、宇宙飛行士、双方に厳密さと繊細さが要求される。
「1号機の時は、捕獲の瞬間を、全員固かたず唾を呑んで見守りました。最後のつかむ部分は、我々はアームを操作する宇宙飛行士に任せて待つしかないんですよ。宇宙飛行士の"CaptureComplete(捕獲完了)"という言葉が聞こえてきた時は、みんなから自然とガッツポーズが出ました」