週現『熱討スタジアム』第15回『渡良瀬橋』『私がオバさんになっても』『雨』森高千里を語ろう

今週のディープ・ピープル 河野伸×中森明夫
週刊現代 プロフィール

中森 「ジン」のCMだからって身も蓋もなさすぎますよね(笑)。でも、この曲が発売された'95年は、日本にとって非常に重要な年でもあった。年のはじめに阪神・淡路大震災と地下鉄サリン事件が続いて、もう一年中世の中が暗かった。その年の暮れに『ジン ジン ジングルベル』がかかっていて、どこかほっとするものがあった。私にとって思い出の一曲です。

河野 手前味噌で恐縮なんですが、『私のように』('99年)というシングルがあって、これ私の作・編曲なんですよ。

中森 そうだったんですか。

河野 思い出の一曲というと私の場合これになります。詞が好きで。私なりに翻訳すると、今までアイドルをいろいろ忙しくやってきたけど、私は平凡でも私らしく生きるんだ、という歌詞なんです。江口洋介さんと結婚する3ヵ月前、第一線から退く寸前にこれを書いたと思うと感慨深くて。

中森 なるほど。ところで、森高千里の名曲ベストワンはなんだと思われます?

河野 それは難しい質問ですね。本当に素晴らしい曲ばかりですから。ただ、私はやっぱり『渡良瀬橋』('93年)が一番だと思います。

中森 同感です。

河野 ナンセンスで率直な歌詞を作る一方で、彼女は渡良瀬橋のような、情景が脳裏に浮かび上がるような、叙情的な詞世界も書くことができたわけです。『雨』も同じ系統の名曲ですね。

中森『渡良瀬橋』で特筆すべきなのは、渡良瀬橋という橋は、栃木県足利市に実際にあって、熊本県育ちの森高千里とは縁もゆかりもない、ということ。彼女はその近辺に滞在したことがあったんですかね?

河野 たぶんない。単に語感で選んだんじゃないですかね(笑)。

中森 ということはつまり「床屋の角にポツンとある公衆電話おぼえていますか」という部分も完全な創作。彼女は、行ったことも見たこともない土地をあそこまで叙情的に歌っていることになる。

河野 だからこそすごい。『津軽海峡・冬景色』を作詞した阿久悠さんが、実際に夜行列車に揺られて津軽海峡に行ったかというと、そうではない。嘘でも、聞き手に情景を想像させてしまえば勝ち。歌詞の世界ってそういうものですよね。

中森 河野さんは歌唱力についてはどう評価されていますか?

河野 必ずしも歌がうまいとは言えませんでしたが、安定感はありました。生放送でもライブでも、どこで歌っても一緒。だからレコーディングはすごく短時間で終わった。それに歌に味がありましたね。

中森 そう、味があった。アイドルの「歌がうまい」って普通の「歌がうまい」とは違うと思うんですよ。音大の声楽科やなんかのように、声量がどう、音程がどうってものじゃない。やっぱり味というか、個性がないとダメ。その点、森高さんは、明らかに「森高節」とも言うべきワン&オンリーの歌い方があった。