週現『熱討スタジアム』第15回『渡良瀬橋』『私がオバさんになっても』『雨』森高千里を語ろう

今週のディープ・ピープル 河野伸×中森明夫
週刊現代 プロフィール

中森 そうなんですよ。一般に知られている「森高千里」ができあがったのは、セカンドアルバム『ミーハー』('88年)から。ボディコン、ミニスカートという衣装で美脚をアピールして、曲も歌謡曲的なものから、当時トレンドだったユーロビートをアレンジしたものに変わった。これまでのアイドルとあまりに違うので驚きましたよ。

河野 このアルバムからプロデュースに瀬戸由紀男さんが就いたんですよ。

中森 瀬戸さんは現在森高さんや「モーニング娘。」などが所属する芸能事務所の社長ですね。

元ネタはビートルズ

河野 はい。でも当時はレコード会社のいちディレクターだった。彼が音楽もビジュアルも全面的に改造して、森高千里というアイドルのキャラクターを確立したわけです。セールスもここから上向いて、翌年のシングル『17才』(南沙織のカバー)でブレイクを果たした。

中森 衣装、音楽、ダンスや、プロモーションビデオの演出など、森高千里の世界が創りあげられていて、総合的な完成度が非常に高かった。森高さん以前のアイドルって、言ってしまえばもっと雑でしたよ。それで実はこの対談の前に、ちょっと当時の映像を見直してきたんですが、全然「変」じゃない。普通、昔のミュージシャンを見るとダサかったり、違和感を感じるじゃないですか。でも森高さんはそれがないんです。

河野 このアルバムで彼女は、作詞も始めました。私は彼女の書く詞の大ファンなんですよ。

中森 私もです。あの吉田拓郎をして「我々ミュージシャンが何十年もかけて作り上げた詞の世界観を、森高が一瞬で破壊してしまった」と言わしめたわけですから。彼女の歌詞で画期的だったのは、パロディの視線と、ナンセンスで率直な言葉選びです。パロディの視線は、『今度私どこか連れていって下さいよ』('89年)に顕著に表れています。

河野 会社の経費を使って、出張と称して旅行に行ったりしている上司に、旅行をおねだりするぶりっ子OLの歌ですね。

中森 そうです。これなんか実はかなり痛烈な皮肉だと思うんですよ。この上司もOLも、明らかに倫理観が狂っているわけじゃないですか。でも自覚はないし、この時代、そういうことがまかり通っていた。

 そんな歪なバブル社会を活写しているんだけど、森高さんはそれを若者の等身大の言葉で詞にしたためて、キュートに歌いあげてしまうわけです。だから当のOLたちでさえ何も気づかずに、好んでカラオケでこの曲を歌った。森高さんは実は非常に高度な歌詞を作っている。

河野 その観点から言えば、千里ちゃんの服装も、当時のディスコに通うバブリーな女性のパロディですよね。それに代表曲のひとつ『私がオバさんになっても』('92年)も男性にとっては耳が痛い内容です。