藤巻幸大 第4回 「人生の師である上司の慰留を振り切って伊勢丹を辞めた・・・その後の強運」

島地 勝彦 プロフィール

 そのころぼくが『アエラ』にカリスマバイヤーとして特集されたんで、これでいいかって、その1ヵ月後、伊勢丹を辞めたんです。

シマジ 潔い辞めかたですね。おれも武藤さんは会ったことがあります。広告担当役員をしていたときだったかな。

藤巻 そうでしたか。すてきな人だったでしょう。

シマジ ダンディなかたでした。その後、社長になられたようですね。

藤巻 そうです。社長になって2年前に亡くなられたんです。

シマジ おれも40代後半にいちばんお世話になっていた若菜社長に辞表を書いたことがあります。が、説諭されて留まりました。

「おまえ、いくら資金を準備したんだ」と訊かれたから「10億円用意しました」と恐る恐る答えたら、若菜社長が「シマジ、100億円準備したと言うなら、拍手をもって送り出してあげよう。10億円、そんなものはシマジだったら、1年で使い果たす。おまえの野垂れ死にする姿をわたしは見たくない」と言われまして、すぐ決心は撤回してしまいました。

 それから2年して『Bart』を創刊させてくれたんですから、若菜社長はおれにとっては人生の恩人です。

藤巻 すごく鷹揚な社長ですね。ぼくも武藤さんが人生の師です。いつも天国からぼくのことを見てるだろうなぁと思って生きています。

シマジ そういうことをむかしの人は「いますがごとく」と言ったんです。気がつくと藤巻さんが武藤さんと話してるように、おれもいつも若菜さんと会話しています。

藤巻 「いますがごとく」ですか。いい言葉ですね。泣けますね。泣けませんか、立木先生。