藤巻幸大 第4回 「人生の師である上司の慰留を振り切って伊勢丹を辞めた・・・その後の強運」

島地 勝彦 プロフィール

シマジ "解放区"からメジャーになったデザイナーはたくさんいたでしょう。

藤巻 はい。丸山敬太とか菱沼良樹とか清家弘幸、たくさんいますね。デザインとはまず人を喜ばせる商売だと思ったんです。そこでぼくは「ようし、才能あるデザイナーを捜そう」と心に決めたわけです。

シマジ そのへんは編集者と似ていますね。"才能を探す才能"が必要なんですね。

藤巻 それから1996年に"リ・スタイル"という売り場を多くの仲間と4階に作ったり、地下2階に"BPQC"という、フランス語で「Bon Prix、Bonne Qualite、Bon Chic」、英語で言えば「グッドプライス、グッドクオリティ、グッドセンス」というイメージのわくわくするフロアを作って成功したんです。

 洒落たカフェも作りましたから、粋な女性が集まってくる。そうすると必ず男もやってくる。そうこうしているうちに、デザイナーの人脈がどんどん増えてきた。大きな組織を飛び出して、自分ひとりでやろうっていう欲望がむくむく大きくなりましてね。そのときの上司だった武藤さんに辞表を出したんです。

「バカ野郎! おまえは傲慢だ。いまおまえが仕事できてるのは伊勢丹という看板を背負っているからなんだぞ」と言われたんですが、決心は不動でした。あるとき武藤さんの小さな別荘に招待されて、満月を見ながら薪を焚いて、釣ってきたイワナを焼いたりして、奥さんを交えて一杯やりながら再三言われたんです。

「おれとおまえは兄弟分なんだぞ。藤巻、お願いだから、おまえ、辞めるな。伊勢丹にはおまえのようなユニークな人間が必要なんだ」