[虎四ミーティング]
錣山矩幸(元関脇・寺尾)<前編>「細身でも強かった理由」

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身体能力が高かった小錦

二宮: 今回の「お野菜たっぷり 中華豚丼」は夜食にも合うでしょうね。従来の五目あんかけ丼と比べると、お肉も野菜も増量しているそうです。
錣山: うーん、これはおいしい。あんかけにすると食べやすいので、これなら若い衆は何杯でもいけるでしょう。

二宮: 親方の現役時代は小錦に曙、武蔵丸(現振分親方)とハワイ勢の台頭もあって一気に力士の体型が大型化しましたね。それだけに親方の相撲が光ったとも言える。
錣山: 横綱にはなれませんでしたけど、小錦と対戦するのは正直、怖かったですよ。体ごと顔面狙ってブツかってくる。しかも彼は運動神経も良くて、あの巨体でバスケットボールとかもしていましたからね。ケガをするまでは本当にすごかった。

二宮: 武蔵丸はアメリカンフットボールの選手だったそうですね。
錣山: バスケットもうまかったですよ。200キロの体でダンクシュートをやっていましたから。200キロの人間がダンクシュートをするなんて、世界的にもあまりいないんじゃないかと思います(苦笑)。一度、垂直跳びをやる機会があったんですが、僕は一生懸命やっても69センチくらい。ところが、武蔵丸は80センチ跳んでいました。

二宮: そう考えると、親方のような小兵力士にとっては受難の時代でしたね。
錣山: ただ、小さい力士には小さいなりのやり方がある。僕には彼らにはないスピードがありましたから、それでうまく相手の突進を避けて、さらに前に出てきたところをいなす。大きい力士が増えたからこそ、自分の生きる道が拓けたのかもしれません。

二宮: 加えて今とは違って、日本人でも若貴兄弟に、武双山、魁皇と強い力士が揃っていた。そのなかで幕内在位は歴代3位の93場所。これは大変な記録です。
錣山: 若貴兄弟も含め、みんな年下でしたから、下から番付がどんどん上がってくる。普通、初顔で対戦する相手は「何とかなるだろう」というケースが多いのですが、彼らは初めて当たった時から“強いな”と感じましたね。特に貴乃花(現親方)は最初から素晴らしかった。