パ・リーグ一筋29年、歴代1位17回の退場宣告をしたベテランが明かす〝もう一つの激闘〟元プロ野球審判が告白
「乱闘寸前ジャッジの舞台裏」

フライデー
ロッテのキャンプで、後ろに立った先輩の指導を受ける山崎氏。’90年代前半撮影

「’91年5月の日本ハム戦でのことです。試合終盤のもつれた場面で、球審の私は日ハムの打者にボールの判定をしました。すると三塁側ベンチから飛び出した金田さんが、いきなり『どこ見とんじゃバカヤロー!』と私を怒鳴りつけたんです。私も利口ではないが、他人に言われる筋合いはない。カッとなって『退場!』と叫びました。その後もしばらく打席付近で金田さんと怒鳴り合いとなりましたが、後日談があります。再び球場で金田さんと会ったのですが、こう言われたんです。『お前、大学(北海道大)を出てるんだったな。そりゃバカヤローって言ったのはすまんかったのお。ヘタクソ!って言えば良かったな』と。金田さん独特の、暴言すれすれの冗談でしょう」

フロリダ州で、米国の名審判ジム・エバンス氏から指導を受ける。’93年1月に撮影。現在、日本のプロ審判は56人

 山崎氏が「重大なミス」と悔やむのが、’00年6月に東京ドームで行われた日ハム対ロッテの試合での判定である。

「6回を終わって10対3と、日ハムがリードしていました。事件は7回表に起きます。二死一、二塁でロッテの大塚明(36)が、レフトのポール際に大飛球を放ったのです。三塁の塁審をしていた私からは、打球がポールをかすめてレフトの観客席に入り、そこで跳ねてライン際に落ちたように見えました。判定は本塁打。自信を持って右手を大きく回しました」

 しかし日ハムの当時の監督・大島康徳(61)は、一塁側ベンチを飛び出して「違うだろ」と山崎氏に詰め寄る。この抗議は23分間に及び、山崎氏は大島監督に遅延行為による退場を言い渡した。日ハムファンからは「山崎、ふざけるな!」と罵声が飛び、場内放送がかき消されるほどだったという。日ハムは結局12対7で逃げ切ったが、疲れ果てて帰宅した山崎氏はテレビをつけて衝撃の事実を知る。

山崎氏が現役最終年の’10年6月のロッテ対楽天戦。審判もミスが多ければ、二軍戦に回され解雇されることも

「スポーツニュースを見て愕然としました。本塁打と判定した打球は、ポールの50cmほど左側を通っていたのです。明らかに私のミスジャッジ。パ・リーグの連盟にも『あんな審判は辞めさせろ!』と、抗議の電話が殺到します。私は翌日も同じカードで球審をしなければなりませんでしたが、悔しさで一睡もできず、試合前は軽食も喉を通りませんでした」

 試合が始まると、場内のファンからは「帰れ、山崎!」のコールが連呼される。