堤堯 第4回 「身も氷る危機一髪のグラビア差し替え・・・リーダーの資質とは知力・胆力・強運なり」

島地 勝彦 プロフィール

シマジ 仕方がないから、おれは1人で舞台に立ち、「みなさん、静粛にしてください。いまから『歯医者の歌』を歌います。みなさん、合いの手をお願いします」と言って合いの手をもらった。それから、おれは歌ったんだ。「は、どうした? は、どうした? 以上です」と歌って舞台を降りた。アッハハハハといちばん大声で笑ってくれたのは堯ちゃんだった。

 あれには笑ったねえ。オスカー・ワイルドいわく、「人生の最大の快楽は人を驚かすことである」。三島由紀夫が好きだった言葉だ。シマちゃんは、さっきの「青木勲」の一件もそうだけど、人を驚かし、自らもその快楽を楽しんでいる。言うなら人生の達人だね。

シマジ あの歌は柴田錬三郎先生に連れられて赤坂の料亭に遊びに行ったときのことだが、シバレン先生は「王将」なんか気持ちよく歌うんだが、おれはからっきしダメなんだ。するときれいな姐さんが「は、どうした?」の歌を教えてくれたんですよ。でも、これは一回限りの芸なんです。

 だから、それから人には見せないけど、堯先生の驥尾に付して一生懸命カラオケは習いました。いまでも下手で、出来たら人前では歌いたくない。それが、わたしが広告担当役員になったとき、カラオケバーに連れて行かれたんです。固辞し続けるおれに酔った大手のメーカーの宣伝部長が「シマジさん、もしここで歌ったら、レギュラーとは別に2ページ見開きで『モア』に純広を入れましょう」と言うんだ。それでもおれは辞退し続けた。

 それでも部下たちが「1曲200万円以上ですよ。何でもいいから歌ってくださいよ」とせっつくわけ。「ようし、わかった。それでは部長、このメモ用紙に『モア』の2ページ入れると証文を書いてください」と言って、おれは勇気をふるって歌った。まさかここで「は、どうした?」は歌えないから、堯先生に手を取り足を取って習った堺正章の「街の灯り」を歌ったんですよ。

立木 そうしたら、200万円のうちいくらか文藝春秋にマージンを支払うべきだよ、ねえ、堤さん。

 それは知らなかったが、シマちゃん、オレの特訓が役に立ってよかったなあ。