海に潜れるように、宇宙に潜れ!

山方健士(JAXA有人宇宙環境利用ミッション本部有人宇宙技術開発グループ)
山方健士
やまがた・けんじ/2000年4月、宇宙航空研究開発機構(旧宇宙開発事業団)に入団。日本人宇宙飛行士の訓練担当、宇宙服研究担当。以前は宇宙日本食・船内被服の海外調整担当の業務もしていた。

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)で日本独自の宇宙服を研究する山方健士さん。理想の服は、スキューバダイビングする感覚で着れる服だと語る。

「だいぶぼろぼろになっちゃったんですけど」と照れながら、山方健士さんが見せてくれたのは宇宙服のグローブ部分の試作品。滑り止めのついた手袋にプラスチックの筒がはめられ、手のひらにはベルト状のものが巻きつけてある。

「100円ショップで材料を買ってきて、一人で切り貼りして作りました。軍手につけたベルトは、チワワの散歩用ハーネスです(笑)。手のひらに這わせるといい感じで手を開いたり閉じたりできるんですよ」

 JAXAで日本独自の宇宙服を研究している人からとは思えぬ、なんとも親近感のわく発言。「全部自腹です。といっても500円くらいですけどね」多額な研究費を投入し、大きなチームで、という予想を大きく裏切るような数字が次々と飛び出す。現在の年間の研究費は「自動車一台分くらい」、チームは山方さんを含め、わずか4人だ。

「最初は僕一人で始めたので、これでも人増えたんですけどね。僕は今は主に戦略的な部分を担当しています。海外が今どういうものを考えているのか、それに対して日本はどういう宇宙服を作れば良いか、といったことを考えます」

 山方さんが宇宙服の研究を始めたのは2004年。JAXAが打ち出した宇宙開発の長期ビジョンに盛り込まれた、

「独自の有人宇宙活動を可能とする技術の確立」の実現性を検討するための宇宙服技術の検討を任されたのだ。「専属ではなくて、日本人宇宙飛行士の訓練の調整など通常業務と並行して携わってきました。ほかの3人も、別の業務にも関わりながら参加しています。僕の場合は最近宇宙服の研究がメインになっています。休日に買い物に行っても、つい『これは試作に使えそうだな・・・』とか思ってしまうくらい、宇宙服のことを考えてしまう(笑)」

 宇宙服を研究する、と言っても、実際に山方さんたちが手を動かしてものを作るわけではない。「JAXAの仕事は、『どういうものを作るか』を決めることです。ロケット開発でも、宇宙服研究でも、ものづくりの部分はメーカーさんにお願いすることになる。

 宇宙服だったら、どういう条件下で使いたいのかを整理して企画することから始まります。マイナス150度の月面で8時間連続で作業するためにはどのくらいの空気を宇宙服内に流す必要があるのか、トイレ、飲食に適した構造はどうなるのか・・・すべて決めたら生地や、金属を扱うメーカーさんに相談する。僕が作ったグローブの試作品は、相談したときに『こんなものを考えてるんです』ということをわかりやすく伝えるためのものなんです」

 宇宙服の完成そのものを見据えることだけが、山方さんの仕事ではない。「日本が宇宙服を独自に作ることで、どんな波及効果があるのか」を考えるのも戦略担当としての重要な仕事。「完成したら、国内の産業にもいい効果があると思っていて。通常の業務だけをしていたら、金属を扱う会社と布を扱う会社が一緒に何かすることなんてきっとないですよね。でも宇宙服を研究することで、異業種が手を組み、新しいことがやれるようなしくみもきっとできるはず。そういう狙いも持っています」

ウエットスーツをぱっと着て海に飛び込む感覚で

 現在山方さんが考えているのは、「やわらかい宇宙服」という今までにないアイデア。JAXAのホームページに掲載されたイメージ画像は、体にぴたりとフィットしていて、「戦隊ヒーロー」のスーツのようだ。「あのCGはちょっと行き過ぎちゃったかなとは思ってるんですけど(笑)。

 今の宇宙服は胴体の部分をグラスファイバーなどでがっちがちに作ってある。宇宙服で重要なのは、いかに動きやすいか、ということ。ベアリングという金属の輪などを腕の部分に入れることで動きやすくしてはあるんですが、金属を使うと重くなるし、固い部分が肌にこすれて痛かったりもする。宇宙服自体を軽くソフトに作れば痛くならないし、動きやすくできるんです。だから金属の使用は最低限に---ヘルメットと手袋だけ、にするのが目標です」

 やわらかい宇宙服を実現するために目をつけたのは、日本伝統の「織る、編む」という技術。

「西洋の縫う技術に対して、日本には織ったり編んだりといった、固有の技術がある。アジアでは、竹かごやバナナの葉を編んだりしますよね。せっかく日本で宇宙服を作るなら、日本が世界に誇れる技術を使ってやりたいなと思っていて。いろいろ調べていくなかで、日本にはすごい技術が、あちこちに点在していることに気付いたんです。宇宙服のために新しい技術を開発するというよりも、今ある優れた技術を組み合わせて行けば、いいものが作れるのではないかと思うようになりました」

 山方さんが目指す宇宙服のもうひとつの特徴は、「着てすぐに船外に出られる」こと。宇宙服の内部は、宇宙船内より気圧が低く保たれているため、宇宙飛行士は低い気圧に体を慣れさせる必要がある。そのため着用の12時間前には宇宙船内の「減圧室」に入り、準備をしなければならない。

「でも宇宙船が故障してすぐに修理に出たい時や、緊急脱出することになった時、12時間も待ってはいられませんよね。宇宙船内との気圧の差が小さいほど、減圧室に入る時間が短くて済むので、なるべく気圧を低くしないための研究もしています。理想は、スキューバダイビングをする感覚。潜ろうかなと思ったらすぐウエットスーツを着てボンベを背負って、ボンッと海に入るくらいの感じで、宇宙服を着て船外に出られたらいいなと思っています」

 やや不謹慎かとは思うものの、「服」としてのデザイン性も気になるところ。「個人的には、かっこよさも大事にしたい気持ちはあります。どんなに動きやすくても見た目で『うーん』と言われるのは悲しいですよね。もうこれしかお前を守るものはない、って言われたら着るだろうけど選択肢があったら着ない、と宇宙飛行士に思われるようなことは避けたいと思っています(笑)」

 やわらかい素材でできたかっこいい宇宙服をまとった宇宙飛行士が、軽やかに飛び出し、宇宙空間を自在に動き回る―。

 山方さんの頭の中には、そんな光景が広がっているのだろう。

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