堤堯 第1回「富士レイクサイドCCに降る無情の雨・・・伝説の青木功事件」

島地 勝彦 プロフィール

 こちらは顔で笑って心で泣いて、というやつさ。ニセの青木が「絶対に名刺を忘れるなと、シマジさんにいわれて、またぞろ犠牲者が出るなと思って来たんですよ」というから、「オレは何人目の犠牲者ですか」と訊いた。「三人目です」という答えだ。オレはサンスポへの電話のこと、持参したバイブル、ニクラスと青木の死闘ビデオ、女房との喧嘩など、笑いながら、いや半分泣きながら披露した。シマジとニセ青木は身をよじり、椅子から転げ落ちんばかりにして笑いに笑う。やおら食堂の支配人がやってきて「スミマセン。ほかのお客さまの手前、もう少しお静かに願えませんか」と来た。

立木 いやあ、聞けば聞くほど堤さんが哀れだ。それでおれに本物の青木さんと堤さんの写真を撮れということになったわけだな。

シマジ じつはおれがこの顛末の一部始終をアオちゃんに話したんだよ。そしたらアオちゃんは大笑いしながら、それは堤さんがあまりにも可哀想だ。来年、必ずおれが一緒にプレイしてあげると伝えてくれ。その前に忘年会に堤編集長を呼んであげてよ、と本物の青木功はやさしかった。

 高級ふぐ店で17人の宴席だったが、終わったとき堯ちゃんが「会費はいくらですか」と訊く。ここはアオちゃんのご馳走なんです、とわたしが言うと、堯ちゃんは目を丸くしていたね。翌年、同じ全日空オープンのプロアマにアオちゃんはおれたちを選手枠で招待してくれたんだ。そのころ青木功プロはアメリカと日本を行ったり来たりして、賞金王に輝いていた時代だったので、最終スタートになったのだろう。アオちゃんは草臥れて点滴を打ってきたと言っていた。

 堯ちゃんにこれが青木のバッグです、とオレンジカラーのゴルフバッグに下がっている青木功のタッグを見せても「いや、信用できん。シマちゃん、本人が現われるまでオレは信じないぞ!」とまだ疑っている。そこへ、「やあ、大編集長。お待たせ」と本物の青木功が満面にこぼれるような笑みを浮かべて現われた。そのときの堯ちゃんの顔は嬉しそうに輝き、感極まって泣くんじゃないかと思ったくらいだったよ。

瀬尾 まるでオー・ヘンリー短編集の1つですね。

シマジ 瀬尾、おれは堯ちゃんだからこそやった華麗なるイタズラなんだぜ。

 冗談じゃない。こっちの身にもなってくれ。それにしてもこの一件でつくづく感じたのは、人間は自分に都合のいいようにしか考えられないってことだね。まして思い描いた夢の場合、それに反する情報を一切受け付けられなくなるんだね。恋愛でも戦争でもビジネスでもよくあるんじゃないのか。それはともかくシマちゃんが編集者にならなきゃ、当代一のセールスマン、いや稀代の詐欺師になったんじゃないかなあ。まあ、この一件は、苦い薬を飲ませてくれるのも親友の親友たるユエンかな。アッハハハハーーー。

一同<アシスタントも含む> アッハハハハハーーーー。

<次号に続く>

堤堯(つつみ・ぎょう)1961年、東京大学法学部卒。同年、文藝春秋入社。『文藝春秋』編集長、第一編集局長、出版総局長などを歴任。常務を経て退社。主な著書に『昭和の三傑 憲法九条は「救国のトリック」だった』(集英社)、『阿呆の遠吠え』(東京スポーツ新聞社)
島地 勝彦 1941年、東京都に生まれる。青山学院大学卒業後、集英社に入社。『週刊プレイボーイ』『PLAYBOY』『Bart』の編集長を歴任。現在、コラムニストとして活躍。『PEN』(阪急インターナショナル)、『メンズプレシャス』(小学館)など連載多数。著書に『乗り移り人生相談』(講談社)、『知る悲しみ やっぱり男は死ぬまでロマンティックな愚か者』(講談社)、『水の上を歩く』(開高健との共著)など。

著者:島地 勝彦

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