堤堯 第1回「富士レイクサイドCCに降る無情の雨・・・伝説の青木功事件」

島地 勝彦 プロフィール

 心ソワソワ、眠れるわけがない。いそいそと例のバイブルをバッグに詰めたのは、これにサインをもらうためだ。朝4時半に目覚ましをセットして早めに寝床に入ったけど興奮して眠れない。ゴソゴソ起き出し、青木がニクラスとバルタスロルで80年の全米プロを競った4日間の死闘を録画したビデオを見直した。すり切れるほど見返したビデオだ。17番でバーディを入れ返してガッツ・ポーズをとる青木功の姿は、日本人ここにありで、何度観てもジーンとくる。明日、神様にお会いしたら、あのときの心境をお訊きしようなどと思ったりして、寝入ったのは2時を回っていた。

 目覚ましの音に飛び起きて出かける段になって事件が勃発した。わが愛車のキーがあるべきところにない。「よりによってこの日に何てぇことだ!」と、オレの怒声に口答えする女房のアゴをゲンコツがかすめた。まともに当たらなくよかったよ。やっとこさキーを見つけ出して、ロス・タイムを取り戻すために雨の中央高速を飛ばしに飛ばした。フロントガラスを叩く雨足の強弱に一喜一憂しながらね。

 幸い、青木プロはまだ来ていなかった。フロントで紹介者はと訊かれたとき、とっさに「今日は青木功プロと回るんだ」と言いたかった。それをグッとこらえて、紹介者の欄に青木功と書くところもグッと我慢して島地勝彦と書いた。

シマジ そのあとはわたしがバトンタッチして続けましょう。ロッカールームに行くと堯ちゃんは神妙な面持ちで着替えをしていた。

「堯ちゃん、生憎の雨ですね」とおれが声をかけると「本当に予選落ちしたのは驚いたよ。まさかと思ったけど本当だったんだなあ」としきりに感心している。

「おれはウソは言わないですよ。青ちゃんの家に5時半にハイヤーをまわしておいたから、もうそろそろ着くころです」なんて、答えたけどね(笑)。

 そしておれも急いで着替えしていると、一度、食堂に行った堯ちゃんがおれの前に戻ってきて言うんだよ。「シマジさん、食堂でオニギリを食べてもいいでしょうか」。普通、シマちゃん、とかシマジ、と言ってる堯ちゃんが緊張していたんだろうね。そのときおれは胸がはち切れんばかりに苦しくなったが、待て待て、バレるときはきっと堯ちゃんは豪傑笑いして許してくれるだろうと、おれのこころの悪魔が囁いた。

 濃霧のために食堂から富士レイクの美しいフェアウェイが見えないのが残念だった。「大丈夫です。もうすぐ晴れますよ」とおれが楽天的に言っても、堯ちゃんは上の空で窓の外を見つめている。祈るような気持ちで、雨の上がるのを願っていたんだね。

 背後で「おはよう御座います。遅くなりました」という声が聞こえた。来たかッ、と振り向けば、見知らぬ男が立っている。差し出す名刺を見れば、「ジュエリー・ショップ〇〇 専務取締役 青木勳」とある。名刺から視線を移すと、悪魔のような顔がある。思わず「シマジ、この野郎、やったなッ」と怒鳴ったね。ついで吹き出した。

シマジ 堯ちゃんとおれの目が合った瞬間、さすがは堤堯さんだ、「アッハハハハ」と豪快に笑い出した。頭のいい堯ちゃんは一瞬にして、すべてが見えたんだ。ニセのアオキ・イサオとおれも大声で爆笑した。