プロスポーツ選手たちの「苦悩の日々」この孤独と不安に耐えられますか 己の才能の限界、予期せぬケガ、ライバルの活躍、短い選手生活、社会性のなさ

「異なるパターを100本は手にとってみた。でもどれに触れても、どうしても手が動かない。原因なんかわからないんだ。ただ、打つのが怖い。だけど打てないと練習で積み上げていった感覚が壊れていく」

 思い詰めても解決法は出てこない。「思考停止」にも等しい。だから羽川は練習も止めた。

「ゴルフで感覚が狂うっていうのは、ゼロに戻ることより厄介なんです。要はマイナスになってしまうということ。誰のせいでもないから誰も恨めない。自分のせいでもないから、反省もできない」

 行き場のない、やりきれなさの果てに、「もう、試合でクラブを握ることはないかもしれない」---次第にそんなことを考えるようになっていった。

 だが、日本を代表するトッププロを何年も悩ませたイップスは、この上なく些細な偶然で、突然解決をみる。

「どんなパターもダメだったのに、ただただ、たまたま握った長尺のものに、なぜか体が反応したんです」

 '08年、羽川はシニアツアーに参戦。8年ぶりのツアー戦への出場を果たした。

「何かしたとすれば、なんとなくパットに触る程度には、気持ちをつないでいたということくらいだ」

 8年ぶりの試合は、「プロデビューの日より緊張しました」と笑う。前日は、なかなか寝付けなかった。

「それが1番ホールでいきなりバーディを取れた。50cmのパットを決めてね」

 そして昨年、羽川はシニアツアー初優勝を飾る。ツアー競技では実に20年ぶりの優勝となった。

辞めて初めて深呼吸ができた

 すでに羽川がイップスに苦しんでいた'00年10月、サッカー日本代表は、レバノンでサウジアラビア代表を下し、2度めのアジア杯優勝に輝いた。

 その決勝で決勝点を決めた背番号8、望月重良(38歳)は、今「SC相模原」というクラブチームの代表を務めている。

 望月が引退を表明したのは5年前、'07年1月のことだ。すべてを決めた日、望月は、

「文字通りすっと肩の荷が下りた感じがしました」と言う。

「戦わなくていいんだ。これでもう頑張らなくていい。そう思ったんです」