プロスポーツ選手たちの「苦悩の日々」この孤独と不安に耐えられますか 己の才能の限界、予期せぬケガ、ライバルの活躍、短い選手生活、社会性のなさ

痛いところがない選手はいない

 柴原とは同い年の森慎二(37歳)もまた、現役時代、その才能のすべてを夢の実現に捧げた。

 しかし、彼が苦労の果てに手に入れた夢舞台は、わずか3球で砕け散る。

 '06年1月、森は9年間在籍した西武から、入札制度を利用し念願のメジャー移籍を実現。しかし初登板となった開幕直前のオープン戦で、右肩脱臼という大ケガを負う。

 完全に外れた上腕骨は、腕が脇の下から生えているように見えるほど垂れ下がった。

「長年の蓄積がたまたま出た。自分ではそう捉えるようにしています」

「いつか世界一のリーグで戦いたい」---メジャー挑戦こそ、森の積年の夢だった。選手寿命は限られている。ゆえに球団には、'01年以降、毎年ポスティング移籍を申し入れていた。

「全盛期でも、1年間のうちに万全の期間なんて1ヵ月程度しかない。どこも痛い所がない選手なんて、一人もいないはずですよ。

 プロ野球選手というのは、そもそも『無理をしなくてはならない』職業です。健康的な運動の範囲を超えていますから」

 投手にとって、最大の武器である腕は、唯一の商売道具でもある。だからこそ、故障の危険を抱えながら酷使することもまた、夢への唯一つの近道だった。

 そして戦いは常に孤独だ。

「周囲は仲間であると同時に、ライバルですからね。チームメイトに素直に弱みはみせられない。だから一緒に食事するのも、同職の中継ぎ投手より先発投手や野手が多かった」

 世界一の舞台に臨む自分が、日本で負けるわけにはいかない—森がメジャー行きを決意した以降の'02年、'03年と連続して最優秀中継ぎ投手のタイトルを獲得したのは偶然ではない。

 ついに念願のメジャー移籍を果たし参加した春季キャンプでは、自己紹介も交わさぬままのチームメイトが、毎日のように解雇されていった。

「毎日が勝負」

 聞き慣れていたはずの言葉の意味を、メジャーに来て初めて知った気がした。

 だからその日、森は迷わず右腕を振り抜いたのだ。

「直前の練習ではちゃんと投げられていたんですよ。むしろ腰が痛くてそれを庇って負担がかかったんだと思います。私は『ケガをしたら終わり』と思ってやってきた。プロにケガがつきものなのは当然ですから」