郷に入っては郷に従えという言葉があるが、ものには限度がある。何百億の罰金を取られたあと、米国中の消費者から訴えられたら・・・・・・。訴訟大国・アメリカでのビジネスは一歩間違えば地獄なのだ。
法と正義の国アメリカ。ただしその正義は、主にアメリカの利益を守るために発動し、利益を損なう行為をした人間には「厳罰」という名の牙をむく。
米司法省のシャリス・ポーゼン次官補代理(独禁法担当)は、本誌の取材にこう言い放った。
「我々のサプライヤー(商品供給者)に対するメッセージは次の通りだ。価格カルテルにかかわる者は、我々はFBIの力を借りて殲滅する。もし役員がかかわっていれば高い罰金を科し、その人間を刑務所にぶち込む」
日本では新聞各紙の扱いも小さく、あまり話題になっていないが、1月30日の米司法省の発表は衝撃的なものだった。
〈日本の自動車部品メーカーの矢崎総業(本社・東京)ほか数社は、10年にわたりワイヤーハーネス(自動車内の電気系統をつなぐ専用の電線)の価格カルテルに関与していたと認めた。
反トラスト法違反によって、矢崎総業には4億7000万ドル(約360億円)の罰金が科される。不正にかかわった矢崎の幹部4人には15ヵ月~2年間の禁錮刑(作業義務のない刑務所拘置)が科される〉
反トラスト法とは、日本で言う独禁法だ。メーカー各社で談合して製品の価格を決めるカルテルは、法の名こそ違えど世界中で禁止されている。
しかし、360億円という罰金額にも驚くし、独禁法違反で刑務所にぶち込まれるという話は日本では聞いたことがない。
アメリカの弁護士資格を持つ中央大学総合政策学部の平野晋教授が言う。
「司法省の発想では、罰金の額は『同じことをやったらひどい目にあうぞ』という世界に向けてのメッセージです。米国の基幹産業である自動車が舞台で、10年間と長期にわたるカルテルだから、悪質と認定されたのでしょう。
背景に米国の不景気があるかもしれない。オバマ大統領も年頭の一般教書演説で、GMがトヨタから世界1位の座を奪還したことを挙げ、『アンフェアな慣行をなくし、同じ条件になれば米国は製造業で1番になれる』と宣言しました」
アジアからアメリカに進出する企業のアドバイザーを務める、香港のスティーブン・クロスウェル弁護士もこう語る。
「アメリカ当局は最近、反トラスト法違反を特に厳しく罰する方針を掲げています。矢崎に対する巨額の罰金と禁錮刑は、その見せしめの意味が強い。日本を含め、カルテルに対する罪悪感が薄いアジアのビジネスマンは、今回の事件を他山の石とすべきでしょう」
たとえば、日本では当たり前に行われるこんな商習慣が危ない。
「米国駐在のビジネスマンの間でよく言われるのが、『同じ業種でゴルフをしてはいけない』。一緒にゴルフをしただけで、『価格協定の話をしたのではないか』と疑われてしまうんです。これは極端な例ですが、それくらい、アメリカの独禁法には注意をしなければいけない」(前出の平野教授)
とはいえ矢崎総業のケースは、「そんなつもりはなかった」と言い訳できる事案でもないようだ。
「その証拠は、幹部が実刑をくらっていることです。今回の処分はすべて『司法取引』(陪審法廷を行わず、裁判官と検察官と弁護士の協議で処分を決める)で決定しています。これだけの罰金を払わせてなお、幹部を刑務所に入れるほど、米当局の怒りがすさまじかったということ。
一般的には、司法取引の過程でウソをついたり証拠隠滅をしたりすればするほど、当局からの印象が悪くなり、処分も重くなります」(ワシントン在住のジャーナリスト・堀田佳男氏)
つまりは確信犯。でもいくらなんでも、カルテルにかかわって刑務所に入れられるとは、普通の日本人には想像がつかない。矢崎総業の関係者が苦しい胸中を明かす。
「アメリカには『繁栄は自由競争がもたらす』という考えがあって、その拠り所に公正な取引がある。アメリカにとってカルテルは『アイデンティティを脅かす』ほどの悪なんです。その感覚が日本人とまったく違う。多大な損失と犠牲者を出して、そのことを骨身に染みて理解しました」
アメリカでビジネスをする日本企業は、この教訓を胸に刻むべきだろう。