爆笑!ああ、体育会の青春 先輩から人生の「理不尽」を学んだ日々

明大ラグビー部・PL学園野球部ほか
週刊現代 プロフィール

「1年生が水を飲むなんてとんでもない。上級生の飲み残しがあれば、2年生までは回ってくることもありましたが、1年生には回らない。だから1年のときは水を飲んだ記憶がないですね。当時はそれが当たり前で、もともと飲めないものと思っていたから、さして疑問もなかった。今思えば、理不尽の極みですが」

 東京六大学の野球部に在籍していたある商社マンは、最後までレギュラーに名を連ねることがないまま、歯を食いしばり続けて4年間を終えた。

「入部時には100人近かった新入生も、きつくてどんどん辞めていきました。甲子園経験者が同学年にひしめきあう中、弱小高校出の私がよく最後までもった、と自分でも思います。レギュラー以外は、野球の練習らしい練習なんてさせてもらえませんし」

 練習の締めは決まって〝上位抜けランニング〟だった。1・2年生は、上級生から「たるんでいる」「グラウンドの整備が甘い」と因縁をつけられ、グラウンドを走らされる。上位5人は1周目で抜けるが、それ以下は何周も走り、上からだんだん抜けていく。

「ずっと上位に入れず7~8周走ることもありました。その時の先輩によって抜けられる人数が変わるし、連帯責任で最後の一人が終わるまで帰れない。最後まで抜けられない奴にはノックバットで思い切り尻を張られる〝ケツバット〟で、バットが折れることもしょっちゅうだった」

カネを払うのは先輩

 熱中症や鉄拳制裁が問題視される今、こうした体育会系の気風も廃れつつある。そんな蛮風は消えて当然というのが、いまどきの感覚かもしれない。だが、体育会の中でしか育まれないものがあるのは間違いない。

「卒業して社会人になってからも、先輩、特に入学時の4年生には気軽に口をきけないし緊張しますね。ただ、どんなに厳しかった先輩でも、面倒見はすごく良い。呑みに呼ばれれば今でも『ハイッ』と飛んで行きますが、いつも向こうが全額払ってくれますよ。

 振り返ると、〝絞り〟を受けて良かったと思うこともある。何より逆境に強くなりました。明治の頃に比べればたいていのことは楽。仕事で皆オロオロするような厳しい局面でも、『大丈夫』と周りを励ませる。

 ラグビーの試合では、時に耐えることも重要です。ここを耐えれば新たな局面が開ける、仕事でも自然とそう考えますね」(前出・元明大ラグビー部員)

「登下校のとき、電車で上級生と同じ車両に乗ってはいけないという暗黙のルールがありました。先輩がいたら、『失礼しましたッ』とすぐに降りて、隣の車両に移る。一見無意味なしきたりですが、こうした経験から、体育会系は上下関係を叩き込まれる。

 すると、目上の人との付き合い方が自然と身につくんです。社会に出てすぐに、先輩や上司が席で煙草を取り出したらライターを差し出したり、相手のお酒を常に切らさないようにするといったことができて、よく褒められました」(前出・元六大学野球部員)

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