ベン・ジョンソンはいまも怒っていた
あの人はいま オリンピック選手篇

カール・ルイス セルゲイ・ブブカ 大古誠司 宗兄弟 森下広一 塚田真希ほか
週刊現代 プロフィール

人生、いつ終わるか分からないですから。親父が47で、兄貴が65で亡くなってるから、男は短命の家系だし。だからトップリーグでやるような緊張感は、もう遠慮したいです。
プレーヤーとして3度もオリンピックに出て、全日本の監督もやらしてもらって、恵まれたバレーボール人生だった。だからこれからは少しでも恩返しをしていきたい。そういう意味でも、僕にはママさんがいいんです(笑)」

かつて「東洋の魔女」と恐れられた女子バレーも、'84年ロス五輪の銅以来、メダルから遠ざかっている。

そのロス五輪で「世界一のレシーバー」と称賛されたのが広瀬美代子(現姓=中島・52歳)だ。拾ってつなぐ当時のユニチカバレーを象徴する存在だった。

「その前の'76年モントリオール('80年モスクワは不参加)で金メダルを獲っていたから、ロスも金が期待されていたのはわかっていました。でも結果が銅で、私たち選手も『金じゃなくてごめんなさい』という気持ちで帰国したことを覚えています。

チームとしてもすごい重圧を感じていて、選手村の思い出といっても、最初から最後まで、自室と練習場と食堂だけを行き来するだけの毎日でした。

でもその後、女子バレーにずっとメダルがなくて、私たちは『最後のメダリスト』と呼ばれるようになった。それでようやく、銅メダルに誇りを持てるようになったんです」

ロス五輪の翌'85年に現役を引退し、現在は夫と名古屋で二人暮らし。求められれば、いまでも全国で単発の指導を行う。

「『不良になりかけたところを、広瀬さんのプレーを見て思いとどまった』という手紙をもらったこともあります。バレーボールを通して、何事に対しても諦めない姿勢を学んでもらえると嬉しいです」

スポーツに天才なんていない

'04年アテネで金、'08年北京で銀を獲得した柔道の塚田真希(29歳)はいま、ロンドンに住んでいる。JOC(日本オリンピック委員会)の指導者海外研修員として、現地の柔道事情や指導法を学んでいるのだ。

塚田なら、ロンドンへ今年、選手として乗り込むこともできたはずだ。なぜ引退を決めたのか。

「直接のキッカケは'10年の世界選手権準決勝で中国の秦茜に負けたことですが、その前からモチベーションが上がらず、何のために柔道をしているのかわからない状態だったんです。それで、もういいかな、と」

ロンドン五輪では、選手たちに美味しい店を教えてあげたいと言う。

「こっちに住んで1ヵ月、周りと同じ食事をしてたんですが、『こんな食生活は二度としたくない』と思ったので(笑)。日本の食事はやっぱり世界一です。体重が減ったか? 測ってないんでわかりません、あはは」