ベン・ジョンソンはいまも怒っていた
あの人はいま オリンピック選手篇

カール・ルイス セルゲイ・ブブカ 大古誠司 宗兄弟 森下広一 塚田真希ほか
週刊現代 プロフィール

「妻のリリアは元新体操の選手で、次男のセルゲイはプロテニスプレイヤーになった。現在、ATPツアーランキング145位だ」

マット・ビオンディの苦悩

'72年のミュンヘンオリンピックでとてつもない偉業を達成した男がいる。

100m自由形、200m自由形、100mバタフライ、200mバタフライ、400mリレー、800mリレー、400mメドレーリレー。7種目で金メダルを獲得し、しかもすべて世界新記録をマークした、マーク・スピッツ(アメリカ)である。

現在61歳となった本人は取材に応じてくれなかったが、代わりに妻のスージーさんが話してくれた。

「夫はミュンヘンの翌年から講演活動で世界中を飛び回っています。ヨーロッパはもちろん中国や日本にも行きました。『あなたのミドル・ネームはマイレージ・プラスね』と冗談で言ってるわ。家のことも夫はよくしてくれます。クローゼットに棚を作ってと言ったら作るし、ステレオが壊れたら直してくれる。何を頼んでも『任せてくれ』ってやってくれるのよ」

現在も週3回は泳ぐというスピッツは、ミュンヘンの翌年に結婚した愛妻スージーさんとカリフォルニアで幸せに暮らす。

だが、ブブカやスピッツのように、言葉は悪いが五輪の余禄で生きることを潔しとしない男もいる。ソウル五輪競泳で5個の金メダルを含む7個のメダルを獲得した、マット・ビオンディ(46歳・アメリカ)だ。

「オリンピックでヒーローになった後、講演でアメリカ中を回った。一回家を出ると25日間戻らなかったり、8日間で12都市回ったりした。1回5000ドル~1万ドルと実入りは良かったが、同じことばかり話すので、段々気持ちが入らなくなった。中毒になりそうなくらい講演をやったが、『このままでは先がない』という気持ちが私の中にはあった。

そんな時、サンフランシスコ郊外で教師をやっていた2歳下の弟に、『兄さんも教師にならないか』と勧められたんだ。妻もそれに賛成してくれて、いまはハワイ島の小さな村・ワイメアのパーカー・スクールで数学を教えている」

人々の称賛と羨望の眼差しに囲まれるのは、彼にとって決して居心地の良いものではなかったと言う。

「スーパーマーケットで声をかけられるのは、もう嫌になった。人は私を『金メダルをたくさん獲った水泳選手』としてしか見てくれない。つまり、水泳という一面でしか見ない。私が何を言おうと、プールで早くタッチした選手としてしか聞いてくれない。

それはもういい。私には苦痛になった。この小さな村の学校で数学を教えていると、そういうことは起こらない。一市民として普通に暮らしていける。過去の栄光にしがみついて離れられない選手がいるが、その罠にはまらないように導いてくれたのが、弟と妻だったんだ」