消えたプロ野球選手「あれからの人生」 輝きは一瞬だったかもしれない。しかし、確かにあの時、輝いたのだ・・・

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 そして何より野球ファンを驚かせたのが、ヤクルトの提示した3年総額15億円という破格の契約を拒絶し、「地球の裏側には違うベースボールがあった」という言葉を残し、たった1年で日本を去ったことだった。

 しかし日本では大きな衝撃を残した「赤鬼」も、セカンドキャリアでは大暴れすることはかなわなかったようだ。

 スポーツライターの大城和美氏が言う。

「昨年取材を依頼した際には、『もう野球関連の仕事でメディアに出たくない』と断られました」

 引退後、エネルギー関係のベンチャーやコンサルタント業などを手がけるも失敗。現在はテキサス州アーヴィングの高級住宅地でひっそりと暮らしている。

 そこはゲーテッド・シティーと呼ばれる高い塀とガードマンに守られたセキュリティを重視した住宅群で、一戸あたりの売値は約50万ドル(約4000万円)だという。

 ホーナーにはいまも「孤高」の香りがつきまとう。

「引退後は、いろんな学校を訪れて子どもたちに野球を教えています。将来のメジャーリーガーの育成です。エージェント業もやっていましたが、もう辞めてしまいました」

 温和な表情でそう語るのは米・アトランタ在住のブーマー・ウェルズ(現在57歳)だ。'83年、助っ人外国人として阪急に入団したブーマーのバッティングは日本の野球ファンに強烈なショックを与えた。

 身長2m、100kgの巨体がスイングすると、ボールはまるでピンポン球のように外野に飛んで行く。

 常識外のパワーを存分に発揮してホームランを量産し、2年目には外国人選手初の三冠王とMVPを獲得。'88年には日本最長記録となる飛距離162mの特大ホーマーをかっ飛ばしている。

 ちなみにブーマーの自宅近くには、元近鉄のラルフ・ブライアント(現在50歳)が住んでいる。

「あいつ、いい年なのに、若い恋人との間に子供を作っちゃったんです。本当にクレージーです(笑)」

いまもヒロオカのことが

 ブライアントといえば、そのパワフルな打撃で、数々の本塁打を放ってきた男。中でも伝説になっているのが、1989年10月12日の西武戦のダブルヘッダーだった。2試合を通じて4打席連続本塁打、7打点の離れ業をやってのけ、近鉄は2連勝。余勢を駆ってシーズン逆転優勝を達成した。