消えたプロ野球選手「あれからの人生」 輝きは一瞬だったかもしれない。しかし、確かにあの時、輝いたのだ・・・

週刊現代 プロフィール

妻と息子に出ていかれたので

「日本ではアルコール依存症でした。特に理由はなかったんですが、ただ癖になってしまって---」

 と、巨人初の大リーガー助っ人投手クライド・ライト(現在70歳)は当時の内幕を明かす。メジャー通算100勝左腕として、'76年鳴り物入りで来日。'78年に引退するまで、巨人で3シーズンプレーし、2年目には11勝をあげた。

 しかしライトが耳目を集めたのは、プレー面ではなく、審判や監督への暴言、ディスコでの乱闘、あるいは交代を告げられると腹を立てユニフォームを破ったり通訳の首を絞めたりするといった、傍若無人な振る舞いだった。そしてついたあだ名が「クレイジー・ライト」だ。

「クレイジー」の要因の一つだったと考えられるのがアルコール。来日当時は酒に溺れていて、引退直後の'79年には、それが原因で離婚危機を迎えていたという。

「妻と息子に出ていかれてしまったんです。それ以来33年間、一切酒は飲んでいません。

 帰ってきてくれた妻はまだ健康で美しいですし、息子のジャレットは私と同じメジャーリーガーになってくれました」

 そんなライトもいまはちょっとした実業家だ。古巣ロサンゼルス・エンゼルスのホームスタジアム、アナハイム球場内の人気ファストフード店を経営する。

「アメリカに戻ってすぐ、エンゼルスのCR部(広報部)に勤め始め、いまもそこに所属しています。ファストフード店は'09年に1軒目を、'10年2軒目を開店しました。ピッチングスクールも持っていて、8~13歳の子どもに教えています。

 65歳までは私自身も州のシニアリーグでプレーしていましたが、もう野球はやっていません。

 いまの一番の楽しみは、8人いる孫たちと遊ぶことです。家が近いので、会いすぎるくらい頻繁に会っています。もちろん、野球は教えていますよ」

 '80年代から'90年代にかけて中日一筋で活躍し、史上5人目となる100勝100セーブも達成した郭源治(現在55歳)は、現在、名古屋市で台湾料理屋「郭源治 台南担仔麺」を経営している。

「開店してもう10年。現役時代は野球のことだけ考えればよかったけど、今は日々勉強ですよ。経営は野球より断然難しい(笑)」

 11歳で故郷を離れ、中日に入団した'81年からは'99年の引退まで野球一筋の人生を送ってきた。