【番外編2】あの織田信長が「平氏」を名乗った---「平信長」は清盛の後継者?? 織田家と平家をつなぐ"越前国"

 本日(12月16日)ついに、当連載を大幅に加筆修正した書籍版『経営者・平清盛の失敗』が発売されました。応援してくださった「現代ビジネス」読者の皆様に、厚く御礼申し上げます。

 さて、前回につづいて今週も、書籍版に掲載できなかった「番外編」をご紹介いたしましょう。

信長は平清盛の子孫だった?

 平清盛と織田信長---活躍した時代は400年も離れており、一見、関係なさそうに見える両者ですが、実は深いつながりがあります。

 なんと、織田信長は平家の子孫であり、自らを「平信長」と名乗っていたのです。

 それも、清盛の嫡男・重盛(しげもり)の次男である平資盛(すけもり。壇ノ浦の戦いで入水)の子孫だというのです。

 最初に清盛の後継者に指名された重盛は、父の清盛より先に亡くなってしまいました。そのため後継は弟の宗盛に移ったのですが、そもそもの"直系"は重盛のほうです。

 さらに、重盛が生きていた頃は、次の後継を次男・資盛に定めていた、という説があります。

 つまり、信長は清盛の正統後継者の血をひいていた・・・といえるのです。

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら