内田樹「呪いの時代に」~異常なまでに攻撃的な人が増えていませんか

他人を誹謗中傷する人、憎悪と嫉妬を撒き散らす人
週刊現代 プロフィール

時代に取り憑いた病

このような、無内容で、毒性の強い思想を朝日新聞が率先して撒き散らしたことに、僕はメディアの著しい劣化を感じました。同時に、これは一つの新聞にとどまらず、時代に取り憑いた病ではないかとも考えました。そして、現在までさらに進んだその風潮を、「呪いの時代」と呼ぶことにしたのです。

こう語るのは、思想家で神戸女学院大学名誉教授の内田樹氏(61歳)だ。

内田氏は'50年東京都生まれ。東大文学部仏文科卒業、東京都立大大学院人文科学研究科博士課程中退。長く神戸女学院大学文学部教授を務め、今年3月に退職した。専門はフランス現代思想、映画論など。合気道六段の武道家でもあり、武道と哲学のための学塾「凱風館」を主宰している。

先日、憎しみや妬み、羨望などの言葉がネットやメディアに溢れる今の日本社会を論じた著書『呪いの時代』が刊行され、注目を集めている。

 

呪いというものを、僕は「記号化の過剰」というふうに理解しています。人間を生身の、骨肉を備え、固有の歴史を持つ、個性的な存在だと思っていたら、呪いはかからない。呪いというのは、人間の厚みも深みもすべて捨象(考察の対象から切り捨てること)して、一個の記号として扱うことです。

'03年に始まったイラク戦争のとき、アメリカ人の多くは、イラクが世界地図のどこにあるかも知りませんでした。けれど、アラブ人、イスラム教徒はまとめて「テロリスト」という記号に括り込まれてしまった。

当然ですが、イスラム教徒も、中近東に居住する人々も、一人一人はそれぞれ固有の政治的意見を持ち、固有の生活があり、夢があり、希望がある。人の数だけの個性がある。けれど、その個体差をすべて無視する形で「テロリスト」という記号が採用されました。

暴力は生身の人間ではなく、記号に対してふるわれます。その地に住む人々が集合名詞で名指しされ、記号的に処理されたとき、すさまじい軍事的破壊が可能になった。呪いとはそのことです。一人一人の人間の一人一人違う顔を見ないということです。