内田樹「呪いの時代に」~異常なまでに攻撃的な人が増えていませんか

他人を誹謗中傷する人、憎悪と嫉妬を撒き散らす人
週刊現代 プロフィール

呪いの言葉が目立つようになってきたのは、'80年代半ば頃からだったと思います。「知性の冴え」が「攻撃性」と同じ意味になっていき、メディアに「辛口」「毒舌」といった言葉がさかんに躍るようになりました。

'80年代後半、村上春樹の小説『ノルウェイの森』がベストセラーになったとき、批評家たちが彼に投げつけた罵倒のすさまじさを僕はよく覚えています。それは一人の若くして成功した作家に対する、組織的な呪いでした。

 

辛辣な批判を加えた人々は、それによってさらに質の高い作品を作家が生み出すだろうと期待してそうしたわけではありません。作家に二度と立ち上がれないほどの傷を負わせるためにそうしていたのです。

このとき村上は、反批判を自制し、外国に移住して呪いから逃れ、その才能を守りました。これは正しい選択だったと思います。「邪悪なもの」を本能的に避ける能力は、彼の作家的天才の一部だと僕は思います。

呪いの言説形式が標準化してきているということに僕が気づいたのは、'07年に朝日新聞が「ロストジェネレーション」のキャンペーンを始めたときです。僕はリアルタイムで朝日のこの連載を読んでいなかったのですが、単行本化されたときに推薦文を求められ、初めてゲラを通読しました。

一読して、その社会理論としての貧しさと、攻撃性の激しさに驚愕しました。もちろん推薦文は断りました。

「ロストジェネレーション」論は、大学の卒業年次における就職の難易によって人生は決まる、というものです。だから社会矛盾は世代間に存在する。「無能で強欲な老人たち」がポストも資源も独占している。若者たちは、彼らが不当に占有しているものを奪還する権利がある---というのです。千万人単位の中高年層が「欲深く役立たずの年寄り」という記号で一括りにされ、そこが集中して攻撃されていた。

社会的に格差があり、分配がアンフェアなのは事実です。でも、「年長者一般に対する憎悪」を掻き立てても、問題は何も解決しない。

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