2011.04.28(Thu)

今こそ考える!なぜ日本は食料輸入大国になったのか Vol.2

生きるためにいちばん大切な「食」の話

筆者プロフィール&コラム概要

 [第一段階] 主食としてトウモロコシやイモ類、アワやヒエといった雑穀など、色のついた農作物を食べていたのが、精製されたコメや小麦など白い穀物を食べるようになる(「白色革命」という)

 [第二段階] コメや小麦など主食の消費が減少し、代わりに肉、卵、魚、植物油などの副食の消費が増加する

 [第三段階] 肉や魚などの動物性タンパク食品の比率がさらに増え、アルコール飲料の消費も増加する

 [第四段階] レトルト食品や外食が増え、食生活の簡便化が浸透する

 日本の場合、一九六〇年ごろまでが第一段階にあたる。前述したように終戦直後の食料難を解決するために出された農地解放令によって、一九五五年にはコメの生産量は戦前のピークの一〇〇〇万トンを超える。そして一九六〇年代後半になると、一四〇〇万トンにまで増加した。

 この時期は、肉や魚などのおかずはあまり食べず、コメの消費が圧倒的に多かった。言い方を換えれば、飢えることはなくなったけれど、まだまだ貧しかったため、食べるものはコメしかなかったということだ。

「コメ一升(約一・八リットルの容量)食べられないのは男じゃない!」と当時よくいわれていた。これは「ご飯をモリモリ食べるのが男らしいこと」という意味だけではない。

 コメの主成分はデンプンだけれど、タンパク質も七パーセント程度ある。一日に必要なタンパク質をコメだけで補おうとすると一升分食べなければならなかった、ということでもあるんだ。

 このため食料自給率はいまよりずっと高く、一九六〇年の自給率はなんと七九パーセントもあったんだ。

 だけど高度経済成長が進展し、所得が増加していったことで、食生活が大きく変化していく。[第二段階]に入ったんだ。

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