野田首相は、ホノルルで開かれたAPECに参加し、TPP交渉に参加することを表明した。
日本を発つ前の11月11日に開かれた衆参予算委員会の集中審議では、TPPの問題点について質疑が行われ、その後、記者会見を開いて、「TPP交渉参加に向けて、関係国との協議に入ることとした」と表明した。そもそも、前日の10日に、記者会見を開く予定にしていたのが、一日ずれてしまったのである。
その一日遅れの理由は、党内の慎重派への配慮だと言われているが、それだけではないであろう。予算委員会の集中審議の前に態度表明してしまうのは、あまりにも国会軽視に当たるという判断もあったであろう。また、会見後すぐにホノルルへ飛び立てば、批判をかわせるという計算もあったのかもしれない。
しかし、いずれにしても野田首相のリーダーシップに疑問符がついたことは疑いえない。TPP参加が信念であるのなら、もっと早く、堂々と持論を展開すればよいからである。
野田首相にしてみれば、反対派の動きがここまで広がるとは思っていなかったのではないか。正確な情報から断絶されて、官邸の中で裸の王様になってはならない。国論は、まさに二分されている。しかし、慎重派のうち、政府による情報の開示が十分でないことを理由とする者が多い。
TPPが日本に不利に働く点についても、しっかりと説明すべきである。そうしないで、ただ「TPPに参加しないと、日本は世界の孤児になる」といったような消極的、抽象的な論理のみが先行してしまうことになる。
貿易立国である日本が、関税や様々な規制の無い自由な貿易体制を模索するのは当然である。ヒト、モノ、カネが国境を越えて移動し、それが世界の富を拡大させていく。FTAにしろ、EPAにしろ、より自由な貿易体制を創る努力である。慎重派の意見は、黒船を前にした攘夷論に似ている。しかも、TPPとは直接関係の無いことまでも、TPPのせいにする。そして、それは単に既得権益の擁護のためであることが多い。
たとえば、医療分野について見てみよう。アメリカは、「新薬承認の迅速化」を2国間交渉でも要求してくるが、これは間違った要求ではない。自分の病気に有効な新薬が承認されず、公的保険が適用されないために、困っている患者がたくさんいる。高い金額で海外から調達するか、お金がなければ諦めるかしかないことになる。
新薬承認は、アメリカでは1年半で済むのに、日本では4年もかかる。私は、厚生労働大臣のときに、この状態(ドラッグラグ)を改善するために、審査にあたるPMDAの人員を増やすなど努力した。それは、このドラッグラグのため、貧しい人は命が助からないという許しがたい結果となるからである。
TPPに参加すれば、日本の医療が崩壊し、貧しい人が医療を受けられなくなるという批判が出されているが、本当にそうであろうか。
アメリカの要求がすべて間違っており、日本医師会などの要求が100%正しいとはかぎらない。混合診療の自由化も、アメリカが求めてくるであろうが、これが直ちに国民皆保険の崩壊につながるわけではない。歯科診療など、ほとんどが混合診療と言ってもよい。
それに、患者の立場に立てば、なぜ混合診療を認めてくれないのかという思いもある。10月25日の最高裁判決は、混合診療禁止を是としたが、一部裁判官の補足意見では、柔軟な運用も考えるべきだとしている。
一部自由診療を使うと、保険でカバーできる措置についても、すべて保険の適用外となるというのが、今の制度である。これだと、患者の負担があまりに大きくなるし、保険適用外の先端治療を受けるインセンティブが失われる(一部の先進治療については例外が認められているものの)。つまり、混合診療の自由化にしても、患者の身になれば、問題はそう単純ではないのである。
医療分野について、TPP慎重派は、既得権益を代弁しているのか、それとも患者の視点に立っているのか。もっと議論をすべきである。
既得権益の上にあぐらをかく者のために、多くの日本人が犠牲になってはならない。改革は必要である。