大反響!世界同時ベストセラー『スティーブ・ジョブズ』
独占掲載第2回 ガンとの闘い

週刊現代 プロフィール

〈「体を開けていじられるのが嫌で、ほかに方法がないか少しやってみたんだ」

 そう当時を回想するジョブズの声には、悔やむような響きが感じられた。

 具体的には、まず、新鮮なにんじんとフルーツのジュースを大量に取る絶対菜食主義を実践。これに鍼治療やハーブを併用した。インターネットで見つけた療法や、心霊治療の専門家など他人から勧められた治療も試してみた。

 ジョブズの抵抗は2003年10月の診断から9ヵ月間続いた。

('91年に結婚した妻の)パウエルは説明する。

「スティーブは直面したくないことはみんな無視してしまうのです。そういう人なんですよ」〉

 結局、手術は'04年7月に行われた。残念ながら、すでにガンは肝臓にも転移していた。ジョブズは化学療法を続けることになった。

ゲイツが自宅にやってきた

 この頃、スタンフォード大学の依頼で、卒業式の記念スピーチをしている。滅多にこの種の依頼を受けないジョブズだが、ガン宣告、さらにスピーチの4ヵ月前、'05年2月に50歳になったことから心境に変化があったのだろう。このスピーチは「伝説のスピーチ」と呼ばれている。

〈人生を左右する分かれ道を選ぶとき、一番頼りになるのは、いつかは死ぬ身だと知っていることだと私は思います。ほとんどのことが---周囲の期待、プライド、ばつの悪い思いや失敗の恐怖など---そういうものがすべて、死に直面するとどこかに行ってしまい、本当に大事なことだけが残るからです。自分はいつか死ぬという意識があれば、なにかを失うと心配する落とし穴にはまらずにすむのです。人とは脆弱なものです。自分の心に従わない理由などありません〉

 死を意識するようになったジョブズは残り時間を惜しむかのように新製品開発に力を注いだ。「伝説のスピーチ」と同じ'05年、iPodが空前の売れ行きをみせているさなか、ジョブズは次の画期的商品の開発に乗り出す。いまや携帯電話市場の中心となったiPhoneである。

 そのきっかけは「携帯電話に音楽再生機能がついたら、iPodは不要になるのではないか」という部下の言葉だった。iPhoneは'07年1月に発表されたが、ジョブズはこれを「いままで作ったなかで最高の一品」と自賛し、「キリストの電話」というニックネームもつけられた。

 翌年、ジョブズのガンが再発。'10年1月、ジョブズにとって最後といっていい新商品iPadの発表。例によって、ビル・ゲイツはこれを酷評したが、その一方で、療養中のジョブズを訪問している。

そしてある日の午後、ゲイツはジョブズの自宅へ車を走らせ、裏門から入ると、開いていたキッチンのドアから中をのぞき、テーブルで勉強をしていた(末娘の)イブにたずねた。