大反響!世界同時ベストセラー『スティーブ・ジョブズ』
独占掲載第2回 ガンとの闘い

週刊現代 プロフィール

「他社がだめなのは、これをファッションだ、見た目の問題だと考えているところだ。このくだらないコンピュータにちょっと色を塗れば、俺たちにも同じものが作れる、そう言ってるんだから」〉

 '98年8月に発売されたiMacは、年末までに80万台を売り上げ、アップル史上最高の売れ行きとなった。アップルの快進撃は、iPod、iPhone、iPadと続くが、じつはジョブズは「世界一給料の安いCEO」と呼ばれ、わずか1ドルの年俸しかもらっていなかった。

〈「50セントは出社分で、残りの50セントが成果の評価さ」ジョブズお気に入りのジョークである〉

 アップルがパソコンメーカーから脱皮し、大きな変貌をとげるきっかけになったiPodは、ジョブズが編み出した、ある特異な会議のなかから誕生した。

〈ジョブズは毎年、トップクラスの社員だけを集めて「ザ・トップ100」という研修会を開いている。選定基準はシンプル。〝救命ボートに乗せて次の会社に連れて行けるのが100人だけならば誰を連れてゆくか〟である。毎回、最後にはジョブズがホワイトボードの前に立ち、

「我々が今後すべきことを10あげてくれ」

 と呼びかける。しばらくやり取りを続けると、10個の項目が書かれたリストが完成する。ここでジョブズは下側7つに斜線を引いて、こう宣言する。

「我々にできるのは3つまでだ」〉

 こうやって絞り込まれたなかにiPodのアイデアが埋もれていたのだ。

 ユーザーの絶大な支持を獲得したiPodのヒットによって、ジョブズはある成功の法則を導き出す。それについてジョブズはこう語っている。

〈iPodを宣伝すればマックも同じように売れるはずだと、すごいことに気づいたんだ。おまけに、iPodがあればアップルはイノベーションと若さをイメージする会社としてもアピールできる。だから7500万ドルの広告費をiPodに移した。このカテゴリーに投入するのは、その100分の1でも多すぎると言われるはずなんだけどね。言い換えれば、音楽プレイヤーの市場を圧倒したわけだ。他社の100倍も資金を投入したんだから〉

 iPodのヒットは、のちに世界中からCDショップが次々に姿を消すことになる音楽業界の一大転換点となった。

 時を同じくして、ジョブズにも大きな転機が訪れていた。ガンという病魔との闘い。医師から精密検査を求められたのは2003年秋のことだった。腫瘍は膵臓にできていた。医学的には手術で取り除くしかない。しかし、ジョブズはこれを頑なに拒否する。