他の監督とはここが違う
落合博満だけに見えるものがある

週刊現代 プロフィール

「勝て」と言われたから勝った

 思い起こせば落合監督の用兵は、奇策から始まった。'04年の広島との開幕戦、先発マウンドには、川崎憲次郎氏が立っていた。

「落合さんが就任した直後の1月2日に、電話がかかってきた。そこでいきなり『今年の開幕投手はお前で行く』と言われたんです」

 当時肩の故障を抱えていた川崎氏は、3年間一軍で投げていない状態だった。

 開幕戦、川崎氏は序盤にKOされてしまった。しかしチームは逆転勝利。この日の奇襲は落合野球の「不気味さ」の象徴となり、そのシーズン、1年目にしてリーグ優勝を果たした。

 一方で川崎氏は、この登板に落合監督からのメッセージを感じ取っていた。

「当然監督は私の投球に期待していたわけではない。暗に、『これが今のお前の実力だよ』と知らせたかったのだと思います」

 川崎氏は、その後再登板のチャンスを与えられたが、またもKO。直後二軍に落とされ、3度目のマウンドに立ったのは自身の引退試合だった。1年で、たった3回の登板機会。そして引退。それでも川崎氏は今も監督に感謝している。

 落合監督は、川崎氏の実績に「開幕投手」という形で敬意を払った。その上で、能力の足りない者は、容赦なく切り捨てる。そこには一貫したプロ意識がある。

 10月19日、中日優勝の翌日、スポーツ紙に落合監督の手記が掲載された。優勝できたのは、9月の対巨人戦で敗れた後、坂井球団社長がガッツポーズをしたことが最大の要因だったと激白している。

《負けてなんでガッツポーズされるんだよって。(略)負けじ魂に火がついた》

 非情と言われた落合監督。その根底には確かなプロ精神が流れている。そんな彼は、今回の仕打ちをどう捉えているのだろう。監督と親しい記者が、その胸中を忖度する。

「解任宣告も、球団に呼び付けられた監督は、朝一番の新幹線で立ったまま名古屋に行き、『ご苦労さん』の一言で済まされたと言います。名監督の最後としては寂しすぎますよ」

 優勝した中日は、当然今季のセ・リーグで、最も結果を出したチームだ。落合監督にも選手にも、その自負がある。「勝て」と言われて、勝った。それでも切られる理不尽に、落合監督は憤っている。自分がプロとしての責任を果たしたと信じているからだ。

 いま監督が一番心配しているのは、彼の緻密な野球を支えたスコアラー陣の今後なのだと言う。