宇宙の「黒」は、優しく僕を包み込んだ。日本科学者初の宇宙飛行士として、トップランナーの栄光と苦しみを一身に背負った毛利さんが宇宙に行って「得たもの」をリアルな言葉で語ってくれた。
取材・文 / 門倉 紫麻 撮影/ 神戸 健太郎
ただただ、黒い。
宇宙飛行士・毛利衛さんの目に映った宇宙空間だ。「絵の具の黒とは違う。吸い込まれてしまいそうな、深い黒です」
そんな闇の中に、一人。どんなにか恐ろしい体験だっただろう。「いや、怖くはなかったですね。僕は『あたたかい』と思ったんです」
あるものが、宇宙の黒に重なったからかもしれない。故郷・北海道で見てきた「煤」だ。「冬になると、石炭ストーブを使うんですが、煙突の内側に煤がつく。喩たとえるなら、あの黒なんです。炭には光を吸収する性質があるので、宇宙と似ているところがあるのかもしれませんね」
そして、その黒の中に見たのは、青く輝く地球。「そのとき、地球が“本当にある“と実感した」
その上に立っていては持つことのできない、強烈な体験だった。「宇宙に行くまでは、子供のころからずっと近くを見てきた。虫をよく観察したり、顕微鏡をのぞきながら実験をしたり。宇宙で、今度は遠くから見たら、あの時近くで見たものと、今遠くから見ているものは全部つながっているんだな、と思いました」
遠くからと近くから。両方から見ることで、地球全体がわかったのだという。「地球も„フラクタル“そのものだ……」葉の葉脈の一部をとって拡大すると、そこにも葉全体と同じ形をした構造の図形がある。さらにその一部をとってもまた同じ図形があって---それがフラクタルという概念。
「2回目の宇宙飛行の時に見たカリブ海の色がとても美しかったので、宇宙から戻ってすぐ、家族と一緒に現地に見に行ってみた。そうしたら、砂も、海の中も、サンゴ礁も、宇宙から見た時とまったく同じ色でそこにあった。そのことに、すごく安心したんです。僕が宇宙から見たものは、本物だったんだとあらためて思った。厳密に言うと違うかもしれませんが、フラクタルだ、と思いました」
地球が本当にある、と実感した瞬間、もう一つの感覚が訪れた。「地球のように生命がいる天体はほかにもある」。「それまでは、地球が全てだと思っていた。でも宇宙に浮かぶ地球を見た時、これは„全て“ではなくて、„全てに含まれる何か“に過ぎない、ということがわかった」
宇宙へ行ったことがない我々にとっては、なかなか理解するのは難しい感覚のように思える。「“母親„に喩えるとわかりやすいかもしれない。子供のころって、自分の母親が全てであると誰もが思っていますよね。でも大きくなってくると、母親を客観的に見るようになる---絶対だと思っていたものが実はそうではないことを急に知る」
理屈ではなく「事実」としてすとんと受け入れる、あの感覚を、毛利さんは宇宙で体験したのだった。
今、続々と誕生している日本人宇宙飛行士の先陣を切ったのが毛利さんだ。トップランナーとしての苦労をたずねると、「あのね、宇宙飛行士って、どの段階でも大変なんですよ」とさらりと答えた。「確かに僕個人にとってだけではなくて、日本という組織にとって初めてのことだったから、右往左往することはたくさんありましたけれどね(笑)。
でもいつの時代も、宇宙飛行士というのは、新しいことをしなければいけない。今僕の時と同じようなことをしても、全く評価されません。前に誰もいなかった分、僕は楽だったと言えるかもしれない。何も知らないがために冒険も出来たし、知らずに突っ込んで行ったから突破できたことがたくさんありましたから。今の宇宙飛行士は大変だと思います」
二度の宇宙飛行を経験した毛利さんは現在、日本科学未来館の館長を務めている。多くの人に宇宙開発の意義を伝えたい、という思いは強い。
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