都市における村〜ソーシャル八分の可能性〜

 グローバルヴィレッジという言葉をマーシャルマクルーハンが、電子メディア論の中で使用したのは有名ですが、グローバル「シティ」ではなく「ヴィレッジ」という言葉を選択したところが恐ろしいぐらいに示唆的です。

 当コラムでは私のフィールドワークによる観察された、twitterやfacebookを現実拡張として使用する露出社会の住人は、「円」ではなく「縁」を稼いでいくスタイルで、豊かな「貧乏」生活をおくるなど、非常にその可能性を感じさせてくれる部分があります。

 しかし、一方で、気づかないうちに、その代償も払わされているのではないか? という可能性について指摘したいと思います。明暗は世の常であり、その暗部を熟知してこそ、明部を活かせるということで、少々シニカルな指摘にお付合い頂き今後の露出社会についてみなさんと考えていけたらと思います。

露出社会からの追放

 「ソーシャル八分」という現象を目撃したことはないでしょうか?

 ソーシャル八分とは、露出社会の住人が、今まで蓄積してきた信頼を住人の所属した露出社会において失ってしまい、人の縁から見放される現象を指します。

 それは、内ゲバの可能性、外部からの攻撃などいろいろ可能性は考えられますが、今露出社会の住人である、私たちはその危険性と常に隣り合わせにいます。

 たとえば、露出社会の住人のシェアハウス運営において、ある時重大な問題が発生するとします。A子とB子がけんかをする。カッとなった、A子が、twitterで、「B子は、私の彼氏と浮気しましたー! 私悲しい!」みたいなつぶやきをするとします。このような行為は、A子にとってもB子にとっても評判を落とす行為であり、その周辺の仲間からは、この2人とは関わらない方が自身のためにいいかもしれない、と思われ徐々に、人々との関係が疎遠になっていく可能性が考えられます。

 さらに、ある有名ブロガーが、ある記事で炎上したとします。その際、今まで関わりのなかった、外部の人々から、当ブロガーの仲間に対してまで直接的な攻撃が加えられる可能性もあります。それによって一気に信頼関係が崩壊してしまう可能性もあります。

 このように、江戸時代にも、村八分という現象が存在していましたが、今まさに、その拡大版のソーシャル八分という現象が生じる可能性が出てきたのです。

 ソーシャル八分とは、端的に言って、露出社会において、仲間から嫌われ追放される事態を指します。

 このようなリスクが、露出社会において、現実が拡張していくにつれて、いろんな縁がつながってしまい、あそこでの悪事は、今までなら知られなかったかもしれない、違うところにもすぐさま伝わってしまったり、最悪の場合は、過去の自分の失敗に、将来の自分が殺されるような自体まで生じる可能性も考えられます。

 もちろん、全員が、露出社会の住人になれば、お互い様で、少しの失敗は多めに見ましょうと考えられるかもしれませんが、みんながみんなそのような寛容な心をもてるとも限りません。したがって、今私たちは、便利さとともに、リスクも抱えているということを理解した方がいいでしょう。

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