追悼 PCだけではなく音楽、映像など6つの産業に
革命をもたらした天才起業家の生涯と、見果てぬ夢
スティーブ・ジョブズが遺した「アップル魂」

フライデー プロフィール

「CG製作会社『ピクサー』のCEO時代、アニメ映画『ファインディング・ニモ』をチェックしていたジョブズが、『背景の海草の動きが鈍い』と言い出した。技術陣は、『動きをリアルにしようとすれば、公開が1年延びてしまう』と弁明した。するとジョブズは、『そんな妥協で一生後悔しないのか』と詰め寄り、数ヵ月で修整させた。またある時、ジョブズ家で洗濯機を買い換えることになった。すると彼は1週間みっちり、毎晩ディナーの時に、『どの洗濯機を買うべきか。なぜそれが良いと思うのか』を家族でディスカッションしたそうです」

 〝アップル魂〟とも呼ぶべきジョブズの「モノ作り」への拘りは、ユーザー視点だけではない。それは、それまで世になかった商品を生み出す発想力だ。実は、アップルは市場調査を嫌う。その理由についてジョブズは、「ベルが電話を発明した時、市場調査をしたのか」と反論したという。電話がない時代に市場調査をしたところで、電話を欲しがるユーザーなどいない。「これが、我が社が開発した電話というものです」と提示してユーザーを虜にできてこそ、本当のイノベーション(技術革新)だと言うのだ。

「コンピュータを立ち上げる際、キーボードで複雑なコマンドを打ち込まなければならなかった時代に、マウス一つで立ち上げられるようにした。そしてiPadでは、そのマウスすら無くした。『もう、これで十分だろう』という技術者の慢心を徹底的に排除する。そして利用者が驚くレベルの技術に高めていく。アップル製品の魅力は、こうした哲学から生まれるのです」(井口氏)

「永続的な革新」に拘った

 よく知られているように、ジョブズの人生は波乱に満ちている。父親はシリア人で母親は大学院生。生まれてすぐ養子に出された先の一家は、シリコンバレーに住んでいた。ジョブズはよく近所のエンジニアの家に遊びに行ったという。'72年にオレゴン州リード大学に入学するが、中退。ゲーム会社を経て、'76年に、ハイスクール時代の友人、ウォズニアック氏とともに、アップルを創業した。

 '84年に発売したパソコン「Macintosh」は専門家の間で高く評価されながら、売れ行きが低迷。自らCEOに招いたジョン・スカリー氏(当時ペプシコ幹部)に、アップル社を追放されてしまう。その後、CG製作会社『ピクサー』による映画『トイ・ストーリー』の大ヒットで成功を収め、'96年に業績低迷に苦しんでいたアップルに返り咲いて以降の活躍は、説明するまでもないだろう。アイザクソン氏は、「ジョブズ氏は6つの産業に革命を起こした」と言う。

「iTunesとAppStoreによってデジタルコンテンツの販売手法を確立することで、パソコン、音楽業界を変え、CGでアニメーション映画も変革。iPhoneで電話、iPadでタブレットコンピューター、デジタルパブリッシングも変革した。その過程で、アップルを確たる企業に育て上げたのです」

 在米ジャーナリストはこう説明する。

「'96年にアップルに復帰後、ジョブズには、アップルという会社自体が最大の開発商品となった。彼はアップルの組織変革に注力し、自分がいなくなっても永続的に革新的な商品を生み出せる企業体を作ろうとした。その途上での死だった」

 アップルは10月14日、新商品「iPhone4S」を発売する。初日だけで前機種の記録を圧倒する140万台の予約が殺到。年内に全世界で2700万台売れるとの見方もある。しかしこれはジョブズの置き土産でしかない。元マイクロソフト副社長の西和彦氏はこう言う。