完全保存版
著名人たちが明かす「私の名医」
いい医者に会えてよかった!

週刊現代 プロフィール

 小野さんが矢木医師にすべてを任せる気になったもうひとつの理由は、「誠実な人柄」だ。手術後のアフターケアでもそれは変わらず、小野さんが名古屋で公演する際には、頼んだわけでもないのに事前に名古屋の知り合いの医師に連絡を入れ、小野さんのフォローを依頼した。こうした細やかな気遣いに支えられて、小野さんは安心して舞台に立てるのだ。

 矢木医師は愛知県の藤田保健衛生大学卒。34歳のいま、医師のキャリアがやっと10年目になった。

「患者さんはほとんどが僕より年上ですから、『こんな若僧で大丈夫か』と心配する方もいます。でも、患者さんには少しでも不安をもたれたらダメなので、そこはもう誠意で100%力を出す以外ありません」

山田邦子さん(乳がん)

 その誠意の原点は、基礎医学の研究者だった父のがん死だ。

「僕が大学4年のとき胃がんで亡くなりました。発見時にはもう打つ手はないという末期状態で、僕は『少しでも父のような患者さんを減らそう』と決めました。だから僕は、患者さんにがん告知をしたり、治療にあたる際は、自分の父に向かって話すつもりで話しています。できるだけ長生きしてもらいたい、父のような目にはあわせないという強い思いがあります」

 小野さんは最初の受診時から矢木医師に信頼感を抱いたというが、時間をかけて築かれていく信頼関係もある。タレント・山田邦子さん(51歳)の場合がそれだった。

「死なない!」

 がん告知を受けた患者は、時間の経過とともに日々大きくなっていくがんに対して、言い知れない不安を覚えるものだ。切除できるなら、一日でも早く切除してほしい---。そう願うのも当然だろう。

 しかし、患者の望み通りに早く手術してくれる医者が、必ずしも名医とは限らない。山田さんは'07年に乳がんが見つかった。

「テレビ番組でご一緒した国立病院機構横浜医療センター(当時)の土井卓子先生(乳腺外科)のご紹介で、聖路加国際病院の中村清吾先生(乳腺外科)にお願いしに行きました。ところが中村先生はお忙しいということで、同じ科の矢形寛先生が主治医になったのです。ショックでしたね。大きな病院はたらい回しするのかと思いました」

 最初はひどく不安だった。その不安に拍車をかけたのが、検査続きの日々だった。すぐにでも手術してほしいと山田さんは焦れるのだが、いつまでたっても検査しかやらないのだ。