Close up 吉田麻也
VVVフェンロ「焦燥感を 力に変えて」

フライデー プロフィール

 '10年1月には若手中心で構成されたA代表にも選出され、念願の代表戦デビューを飾ったが、その代償は大きかった。

「実は元日の天皇杯決勝戦後から、左足に違和感があった。でも代表に選ばれてるのにプレーできないのもイヤだった。やってやれないことはないと思った」

日本代表に対する危機感

 試合を終え、渡欧した直後に左足中足骨の疲労骨折が発覚。初めての海外生活で、当時は周囲に頼れる日本人選手もいない。何よりも、すがるべきサッカーができないことが彼を悩ませた。

「オランダに来てリハビリしかやっていない状況に、『オレ、何やってんだ』って、何度も何度も思いました。『このまま消えていくんじゃないのか?みんなの反対を押し切ってきたのに・・・・・・』とか。それでもW杯の帯同メンバーに選ばれたいという目標があったから、頑張った。なのに、足の痛みがまったく消えない。シーズンが終わって日本で再検査してもらったら、『再手術が必要』って言われた。W杯どころの話じゃない。崖から落とされたみたいな気分になりました」

 結局、新シーズン開幕後の'10年10月、10ヵ月に及ぶリハビリを乗り越え、吉田はようやくピッチへ復帰した。

「頭の中に残っているのは、天皇杯決勝でプレーする感覚。でも、その感覚でプレーしても身体が動かない。チームも不調で、『自分がなんとかしなくちゃ』という思いがあるのに、相手にスコスコ抜かれてしまう。痛みも消えないし、再び骨折することへの恐怖もありました」

 そんな時、思わぬ朗報が届く。ザッケローニ体制になった日本が、初めて迎える公式戦・アジア杯への招集だった。吉田は、「折れてもかまわない」という決意で代表に合流する。

「僕には『チャンスをモノにできるヤツが生き残る』という考えがある。とにかくこのチャンスを生かしたいと思った。いいプレーはできなくても、『こいつは粗いけど、可能性があるな』とか、監督の印象に残る選手になりたいと・・・・・・。

 大会ではレッドカードをもらって退場した一方で、ゴールを決めて優勝もできた。パフォーマンスは良くなかったけど、インパクトは残せたかな(笑)。監督は、選手の特徴や足りないもの、そして人間性も見ている。観察力が優れている人だと思います。監督からは、『いいものを持っているんだから、イージーミスをなくせ。集中してプレーを続けていれば、絶対に伸びるから』と言われました。

 ミスの多さは自分でも分かっていたので、バレてたのかって(笑)。でも、すべての選手に同じように声をかけているわけじゃない。例えば、ウッチー(内田)は『お前は、監督とよくしゃべっているけど、オレは何も言われないよ』って言うんです。でも、それはウッチーはこと細かに言わなくてもやれるタイプだと判断しているからだと思う。逆に僕は言いやすいキャラだし、僕に言うことで、周りの選手にも伝えているんじゃないかな」

 オランダで苦難の日々を過ごしていた吉田を招集し、ピッチに送り出したザッケローニは、彼に大きな信頼を寄せている。少なくとも現在、吉田がCBのファーストチョイスなのは間違いない。