神童の法則 才能はいかにして開花したか。親たちが語る「天才少年・少女」の育った環境、育成理論

第1回 演歌歌手さくらまや「大丈夫か、うちのコ?」とさえ心配した異常な集中力
フライデー
レコード店でピアノを見つけるとさっそく触れた。3歳の時から習っていたそうだ

 北海道帯広市出身のさくらまやさんは、現在、東京の自宅マンションで母の由美子さん(42)と二人で暮らしている。帯広で割烹料理店を営む父親の一義さん(43)とは離れての生活だ。

 インタビュー中、上京した一義さんが「まやが経験してきた習い事は、妻が全部把握しています」と由美子さんに水を向けると、「演歌を歌わせるつもりはなかったんです」と、由美子さんが、話を引き取った。

 最初の習い事は、2歳半の時に7歳上の姉と一緒に習ったバレエだそうだ。その後、やはり姉と一緒にヴァイオリン教室に通い、ピアノ、ソルフェージュ(譜面読みなどの音楽理論)、童謡と稽古事は増えていった。「自由な時間を与えない」ための習い事---その意味について、由美子さんが振り返った。

「目につく物を分解したり、自作の歌を延々と歌い続けたり、お姉ちゃんの腕に鉛筆を突き立てて、『(家から)出て行け』と怒鳴ったり・・・。今の姿からは想像もできませんが、相当にヤンチャな子供でした。と同時に、人並み外れて好きなものに集中し続ける子供でしたね」

 雪玉を作り始めれば、手の温度で溶けた雪が氷の玉になってその直径を増していく。それでも手を離そうとしない。3~4歳の頃、保育園で3時間でも4時間でも一心不乱に泥団子を作り続けていた姿は、一義さんの脳裏に焼き付いている。

「長時間かけて泥の団子をいくつも作るのではなく、作るのは一つだけ。表面がツルツルで、カチカチに固まった、磨き上げられたような団子です。いったん作り始めると、ストップをかけるまで止めようともしませんでした」

 正直、一義さんは「普通の子供っぽくない」と不安を感じたという。だが、後述するが、その集中力こそ、まやさんをプロの歌手へと押し上げたのだった。

背中を押した姉の一言

 ある日、童謡の先生はこう言った。

「まやちゃんの歌は、小節が回っていて、まるで演歌みたい」

 それを耳にしていたまやさんが、実際に演歌に接したのは6歳の時。たまたまアマチュア歌手が歌う姿を生で見て、「演歌を習いたい」と母親に申し出たのだ。

「『なんで演歌なの?』って思いました。夫は洋楽、私はクラシックが好きで、家の中で演歌を聴いたことなんてありませんでしたから、もちろん反対でしたね。それでも意志が固いのは分かっていますから、電話帳で調べて、お教室に上から(=掲載順に)電話をかけていったんです。確か一番目は電話に出ず、二番目にかけた教室にうかがいました」

 それが縁で安藤和憲歌謡学院(帯広市)でのレッスンが始まった。ただし、由美子さんは「3年間だけ」と期限を設けた。