ジャーナリズムの未来を語るうえでデジタル化は無視できないテーマだ。インターネットの普及を背景にデジタル化が一気に進み、新聞や雑誌など伝統的な印刷メディアは軒並み苦境に陥っている。
デジタル化時代の旗手が5日に死去したスティーブ・ジョブズだった。アップルの最高経営責任者(CEO)として高機能携帯電話「iPhone(アイフォーン)」など革新的な商品を次々と生み出し、発明王トマス・エジソンや自動車王ヘンリー・フォードら歴史的な起業家と同列で語られるほどの存在になった。
ジョブズはジャーナリズムの未来についてどう考えていたのか。意にそぐわないマスコミ報道に対しては時に攻撃的になることで知られていたが、ジャーナリズムを敵視していたわけではない。むしろ逆である。
2010年6月上旬、アップルが同社初のタブレット端末「iPad(アイパッド)」を発売してから2ヵ月後のことだ。「タブレット端末はジャーナリズムの救世主になるか?」との質問に対し、ジョブズはこう答えている。
〈 「自由で健全なジャーナリズムがあってこそ民主主義は機能する---こう強く信じています。そんなジャーナリズムの担い手として私が思い浮かべるのはワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズ、ウォールストリート・ジャーナルといった伝統的な印刷メディアです」 〉
ジョブズは、著名IT(情報技術)ジャーナリストのウォルト・モスバーグとカラ・スウィッシャーの2人が主催するハイテク会議「D:オール・シングズ・デジタル(D会議)」に出席し、質問に答えていた。ウォールストリート・ジャーナルの看板コラムニストであるモスバーグは、「ジョブズを最もよく知るジャーナリスト」とも言われている。
ジョブズは続ける。
〈 「伝統的な印刷メディアが困難に直面しているのは周知の事実です。これを放っておいていいのでしょうか? アメリカがブロガーだけの世界に成り下がってもいいのでしょうか? もちろん答えはノーです。報道機関が新たなニュースの表現方法を見つけ出し、何としてでもこれまで通りの取材・編集活動を続けられるようにしなければなりません」 〉
職業ジャーナリストがブロガーに淘汰されると、ジャーナリズムが弱体化して民主主義が危機を迎える--ジョブズはこう思っていたのだ。彼にしてみれば、アイパッドなどのタブレット端末は将来的にも健全なジャーナリズムを維持するための切り札に相当した。
奇しくも彼が他界する直前には、アマゾン・ドット・コムがタブレット端末「キンドル・ファイア」を発表している。アイパッドの半額以下という格安の価格設定であるだけに、アナリストの間では「爆発的に売れる」と予想する向きもある。
アメリカでは新聞業界のリストラは凄まじい。主因は広告市場の構造変化だ。有力民間シンクタンク「ピュー・リサーチ・センター」の調べによると、2010年になってインターネット上のオンライン広告収入が新聞広告収入を初めて凌駕している。平均的アメリカ人のニュースの入手方法がインターネットへシフトしているためだ。
ピュー・リサーチが「どうやってニュースを入手するか」と聞いたところ、同年には46%のアメリカ人が「インターネット上でニュースを入手する」と答え、「新聞でニュースを入手する」(40%)を上回っている。