日本史ミステリー・銭をつぶせば救われる!? 宋銭普及の謎も、平安後期の「末法思想」がすべての始まりだった

 ここまで2回の記事で追ってきた"宋銭普及の謎"。

 既にお気づきになった方もいるかもしれませんが、解くべき謎は1つではないのです。

 1つ目の謎は「宋銭が日本で普及した理由」。

 そして、これと表裏をなす2つ目の謎---それは、そもそもの問題である「宋銭が導入されたきっかけ」はなんだったのか? です。

1つ目の謎の答えは・・・

 「宋銭が普及した理由」については、これまでに

(1)宋銭は当時、国際通貨であったこと
(2)生産力向上・商業発達で、貨幣代わりの絹・米では支障が生じてきたこと
(3)過去に和同開珎などの貨幣の歴史があったこと

 の3説にふれ、それぞれが「宋銭が普及した理由」の決め手にはならない、と結論づけてきました。

 しかし、決して全否定したわけではありません。視点を少し変えてみれば、この3説すべてが普及理由を考えるヒントにもなるのです。

 たとえば、当時の人は"銭"を貨幣と認識していなかった、「国際的に使える銭だから」というのは広まる理由にはならない。しかし、なんらかの理由で"銭"としてではなく"モノ"として宋銭を欲しがる人々がいて、どんどん流通していったのではないか・・・。

 また、ひとたび通貨として信認されれば、その利便性・価値の安定・貯蓄性から普及の勢いは止まることを知らなかったと思われます。

 そして、200年前に廃れた国産貨幣と違って、宋銭が上質な銅でつくられていたことが普及に一役買った可能性もあります。

 「なにかボヤかしたような言い方をしているな・・・」
と思われたかもしれません。

 実は、わざとボヤかしてしています。

 なぜなら、この1つ目の謎「宋銭が日本で普及した理由」の答えは、2つ目の謎「宋銭が導入されたきっかけ」を解く過程で明らかになるからです。

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